VRゴーグルを装着して見る美しい景観や懐かしい場所の映像。そのまま上を向けば映像の中の上方が見えてきて、グルグル首を回せば目線が追う方向360度すべてが見えてくる。
居ながらにしてゴーグルの中の別世界を旅するようだ。ゲームなどではおなじみのバーチャル・リアリティー(仮想現実)の技術を応用し、介護施設の高齢者らに疑似旅行を体験してもらうVR旅行が話題になっている。
VR旅行を開発した登嶋健太さんは元介護職員。デイサービスでリハビリを担当していたとき、外出が困難な高齢者に近所の梅園の写真を撮って来て見せたところ、とても喜ばれたことからニーズに気づいたという。
「要介護になると、家と施設の中だけの生活が続き、ぼくらが思う以上に『外に出たい』と切望していたのです。梅園の写真を見て、単に花が美しいというだけではなく、周辺の景色を次々と思い出しうれしそうに語る高齢者のかたがたを見て、もっと“リアルな体験感”が欲しいと思い、VRにたどりつきました」
普段のリハビリではあまり動きたがらない高齢者が、VR旅行なら大きく体を動かして夢中で見るという。
「その場所を見たい!という気持ちと連動して、自然と体が動く。写真やテレビなど一方的に見せられるものとは違って、自分から見に行けるのもVRの特長です」
VR旅行に使われる映像は当初、登嶋さんが単独で国内外を撮影していたが、2017年から日本全国のアクティブシニアが撮影協力者に加わったこともまた画期的だ。
「名所だけでなく、たとえばお花見などの日常的なワンシーンや海外の映像も合わせてすでに500以上が集まっています。現在、65才から89才までいる撮影者のシニアは、同世代の要介護者のニーズに応えようと動き、見る側も自分から動いて楽しむ。
双方が能動的で、製作側と視聴者というよりもっと身近でパーソナルなつながりが生まれているのです。
実はコラムニストの神足裕司さんにも体験していただいています。神足さんはくも膜下出血で要介護になられましたが、生来のクリエーター魂に火がついたようで、熱心な撮影者としても活動中です」
現在、東京大学でVR旅行による認知機能や運動機能への効果をデータ収集中だが、先んじて多くの高齢者に視聴者、撮影者として楽しんでもらいたいという。全国の介護施設などで体験会を開催中だ。
【Profile】登嶋健太さん/東京大学先端科学技術研究センター
学術支援専門職員。専門学校を卒業後、柔道整復師、介護施設の機能訓練指導員を経て、2014年から施設の外出困難な高齢者に向けたVR旅行サービスを提供。2017年総務省異能vationジェネレーションアワード特別賞受賞。2018年から現職。
※全国の高齢者施設などでのVR旅行体験会や360度カメラ撮影のワークショップの問い合わせは、
「ittaki.com」 https://www.ittaki.com/「ハコスコ」https://hacosco.com/へ。
※女性セブン2019年5月23日号