マレーシアや台湾の国家アドバイザーも務めた経営コンサルタントの大前研一氏は、かつて「平成維新」の構想を打ち出し、日本を蘇らせる数々の政策を提案した。それから30年余──ついに維新は実現しないまま、平成は幕を閉じた。いよいよ始まる「令和」の時代、日本はどう変わるべきか? 大前氏が「令和維新」のあり方を提言する。
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私は平成元年(1989年)に上梓した『平成維新』(講談社)で、21世紀の国家運営は、まず道州制という新しい広域統治機構を導入すべきだと提言した。しかし、道州制の論議は出ては消えを繰り返して迷走し、結局、何も変わっていない。
かつてこの国には、田中角栄という偉大な政治家がいた。戦後日本は「入るを量りて出ずるを制す」の均衡財政で国債を発行せずにやってきた。ところが田中は、人口ボーナスのある成長期に国家をどう発展させるかと考え、蔵相になった時に「使うほうを先に考えろ」「足りない分は国債を発行して将来から借金すればいいんだ」と号令をかけたという。友人の元大蔵官僚は当時を振り返って「まさに青天の霹靂。空の色があの日変わった」と言っていた。コペルニクス的転回ならぬ“田中角栄的転回”である。
実際には、田中の次に蔵相になった福田赳夫が、東京オリンピック後の不況で戦後初の国債発行を余儀なくされたが、田中は首相に就任すると持論通りに国債発行額を一気に増やし、日本全国津々浦々のインフラを整備して「国土の均衡ある発展」を推進したのである。それは間違っていなかったと思う。
しかし、その後の自民党政治は単に田中の延長線上で、彼のやり方を踏襲してきただけである。とっくの昔に成長期は終わって今や人口オーナス(負担)の成熟期になっているのに、いつまでも「国土の均衡ある発展」にこだわり、「ふるさと創生」「地方創生」を唱えて税金の無駄遣いを続けている。