国内

“里親”は全国15万人、被災地に人を呼ぶソックモンキー秘話

仮設住宅の集会所で、里親さんとの出会いを待つおのくんたち

 東日本大震災から8年、復興という目的を超え、地域ビジネスに成長したプロジェクトが登場している。宮城県東松島市にある陸前小野駅前応急仮設住宅の集会所で被災した女性たちによるソックモンキー「おのくん」製作・販売プロジェクトもその1つ。「おのくん」の人気は、全国に広がっている。今や、購入者、“里親”の数は全国に15万人。5月4日には、生誕イベントが同市で開かれ、全国から“里親”が訪れた。東松島市に人を呼び込む「おのくん」はいかにして生まれたのか? そのストーリーが、3月に発売されたライター・飛田恵美子さんの著書『復興から自立への「ものづくり」福島のおかあさんが作ったくまのぬいぐるみはなぜパリで絶賛されたのか』に収録されている。飛田さんは震災後、東北で立ち上がったものづくりによる復興プロジェクトを数多く取材してきた。今回、21個の物語が綴られた同書から、「おのくん」の誕生秘話を紹介する。

 * * *
 エサ(材料)は靴下と綿。口癖は「おら、おのくん。めんどくしぇ」。「おのくん」は、陸前小野駅前応急仮設住宅の集会所で被災したお母さんたちが一つひとつ手縫いで製作するソックモンキーです。ひょうひょうとした性格と愛らしい風貌から“里親”希望者が続出。招き猫ならぬ“招き猿”として、全国から東松島に人を呼び込んでいます。

◆はじまりは、仮設住宅に届いたソックモンキー

 日本三景として有名な松島の隣にある東松島市。静かな風情のあるまちですが、東日本大震災の津波によって受けた被害は甚大でした。観光施設や民宿の大半は流されて見る影もない状態になり、住民の多くは仮設住宅へ。そのうちのひとつ、JR仙石線陸前小野駅前仮設住宅で自治会長を務めることになったのは、個人事業主として仕立てやお直しの仕事をしていた武田文子さんです。仮設住宅の入居者たちが暇そうにしているのを見て、何かみんなで取り組めるものがないかと探しはじめました。

武田さん「震災前はみなさんそれぞれ仕事や畑があったけど、それができなくなってしまったんです。仮設住宅は狭いし、家族と部屋にこもっていても息苦しい。『何かやろうよ』ってみんなで話していました。

 でも、ここは最後に建った仮設住宅で、アクリルたわしとか編み物とか、すぐにはじめられそうなものはほかの仮設グループがすでに取り組んでいました。みんな一所懸命やってるんだから、真似しちゃよくないでしょ。たまにコースターとかつくってみても、なんだかねぇ、という仕上がりで。そうやってしばらく、ウダウダしていたんですよ」

 そんなとき、住民のひとりに可愛らしい猿のぬいぐるみが送られてきました。ソックモンキーといって、ひと組の靴下でつくるぬいぐるみです。アメリカで貧しい労働者階級のお母さんが、子どもにプレゼントするためにお父さんの靴下をリメイクしてつくったのがはじまりだと言われています。

 その可愛さに魅了された武田さんたちは、「これなら材料代もあまりかからないし、ほかの仮設でもつくってない!」と興奮。送ってきてくれた人を講師として呼んで、講習会を開きました。

 そのときの講習会に参加したのは、子どもも含めて15人ほど。集会所に並ぶ表情豊かなソックモンキーたちを見て、武田さんは「売れるか売れないかはわからないけど、減るもんじゃないしとりあえずつくってみようか」とつぶやきました。これがすべてのはじまりだったのです。

◆おのくん、全国へ旅立つ

「あーもう細かい、めんどくしぇ」。ぼやきながら製作するお母さんたちを面白がり、集会所を訪れた人がソックモンキーに「めんどくしぇ」と名前をつけてくれました。「これが苗字なら、名前もないと」と、「おのくん」という名前も決定。小野駅前応急仮設住宅生まれだから、というのが名前の由来です。

 ただ、武田さんも含め、お母さんたちはみんな「売る」「宣伝する」ことに関してはまったくの素人。最初の3か月は無報酬で製作していたそう。それを手伝ってくれたのが、外からきたボランティアさんたちでした。現在、武田さんとともに共同代表を務めている新城隼さんもそのひとりです。

 新城さんは東京で田舎と都会をつなぐ事業を立ち上げようとしていたときに震災を経験し、自分の会社のために動ける状況ではないと考えて東北へ。ボランティアで各地を回っていたときに武田さんたちと出会い、活動を手伝うことになりました。

 新城さんのサポートによってウェブサイトができあがり、集会所を訪れた人が口コミで広めてくれたことから、じわじわとおのくんの知名度は上がっていきました。

新城さん「おのくんは”1人”千円ですが、“売っている”のではなく、“里親さんになってもらう”んです。里親さんたちはおのくんをとても可愛がってくれて、いろんなところに連れていって写真を撮り、フェイスブックやブログで紹介してくれました。それを見た人が面白がって広まっていった感じですね」

 ハロウィンの仮装をしたおのくん、結婚式に出席しているおのくん、リゾートで休暇中のおのくん。全国から寄せられた写真から、おのくんがたくさんの人から愛されていることが伝わってきます。

◆里親さんと一緒に、面白いことしよう

 おのくん人気はとどまるところを知らず、驚くことに年間2万匹が里親さんに引き取られていくようになりました。つくり手のお母さんたちはせっせと製作に励みますが、それでも足りず、注文後半年から1年待ちの状態です。ただ、それはFAXで注文した場合。東松島まで来てもらえば、生まれたてのおのくんを引き取れるようにしました。おかげで、集会所はいつも人でにぎわうように。おのくんを“里帰り”させてくれる里親さんも多く、お母さんたちはそうした出会いや交流をとても喜んでいます。

 里親さん同士の交流も自然に生まれ、全国で里親会が発足しました。里親会の集まりでは、おのくんを連れてレストランに集まったり、写真を撮り合ったりと、楽しいコミュニティが生まれているようです。こうした結びつきを強化するため、ファンクラブ「タヅバナス」をつくりました。タヅバナスとは、“立ち話”が訛った言葉です。入会すると、おのくんのメディア出演情報や、イベントの案内、メンバーだけの裏話といった最新情報を知ることができます。

 新しいおのくんグッズやイベントをみんなで一緒に考えることも。おのくんのスマホケース、おのくんのふせん、さまざまな関連グッズが生まれました。おのくんの着ぐるみ、通称「でっかいおのくん」が里親さんに会いに全国を回る「おのくんツアー」、里親さんがおのくんの様子を撮影して投稿する写真コンテスト「おのコン」、「おのくんソング」に合わせたダンスコンテストなど、楽しい企画もどんどん実行されています。「里親さんと一緒に、面白いことしよう!」が活動の合言葉です。

◆おのくんを通して、東松島のまちおこし

 活動をはじめた当初、「おのくんの活動は、仮設住宅が無くなったら終わり」と考えていたお母さんたちでしたが、次第に考えが変わってきました。

 観光地である松島と、震災により名前が知れ渡った石巻に挟まれている東松島は、大きな被害を受けたにもかかわらずあまり知名度が高くなく、素通りされてしまうことも多い地域です。おのくんを通して、もっとたくさんの人に東松島の魅力を伝えたい。それに、何より、せっかくできた居場所や、里親さんたちとの縁を失いたくない。お母さんたちは資金を集め、小野駅前に新たな拠点をつくりました。名前は、道の駅ならぬ「空の駅」。東松島は、航空自衛隊のアクロバット飛行チーム「ブルーインパルス」のベース基地がある唯一の場所です。日本中の空を飛び回ってファンとつながるブルーインパルスのような存在になろうと名付けました。

 2017年に小野駅前仮設住宅が閉鎖してからは、「空の駅」がおのくんづくりの拠点となっています。毎週水曜にはつくり手さんや地域のおばあちゃんたちを迎えに行き、一緒にお昼を食べているそう。外から訪れた人たちはおのくんと一緒にお迎えして、のんびり一緒にお茶を飲んだり、東松島の観光情報を教えたり。「空の駅」は、地域住民の居場所として、おのくんの「実家」として、まちおこしの拠点として機能しています。自分たちにこんな場所がつくれたのは、おのくんプロジェクトを通して、全国に心強い味方ができたから。そして、真剣に取り組めば実現できないことはないと信じられたから。そう武田さんたちは振り返ります。

 おのくんの里親は全国に15万人を超え、現在も増え続けています。きっと今日も、誰かが「空の駅」を訪問し、おのくんを抱き上げているに違いありません。

◇『復興から自立への「ものづくり」』刊行記念フェア開催中

『復興から自立への「ものづくり」』の刊行を記念して、同書で紹介されている7団体の商品が期間限定で販売されている。

開催期間:~2019年6月12日(水)まで
開催場所:紀伊國屋書店横浜店(神奈川県横浜市西区高島2-18-1 そごう横浜店 7F)

 

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