【著者に訊け】橋本倫史さん/『市場界隈 那覇市第一牧志公設市場界隈の人々』/本の雑誌社/1998円
【本の内容】
〈牧志公設市場の歴史は七十年以上前にまで遡る。(中略)現在の建物は一九七二年に建設されたものだが、老朽化が進み、二〇一九年に建て替え工事が行われることになったのだ。それを知り、市場の風景を記録しておこうと沖縄を訪れたのだった〉(「まえがき」より)。「月に1回くらい、1週間くらいかけて」歩いた末に辿りついた30軒とそこで働く人たちの言葉から、市場の今昔と沖縄の戦後史が浮かび上がる。
建て替えのため6月16日をもって営業を終える、那覇の第一牧志公設市場と、その周辺の店で働く人たちに話を聞いた。あなたはどこで生まれ、どうやって育ち、今、どんなふうにこの店で働いているのですか。
「こうして話を聞いておけば、たとえば100年後、誰かが知りたいと思った時に読むことだってできる。そんな気持ちで取材を始めました」
沖縄に興味を持つようになったのは6年前。ひめゆり学徒隊をモデルにした今日マチ子さんの漫画「cocoon」が舞台化されることになり、劇団「マームとジプシー」の人たちと6月23日の慰霊祭に参加したのをきっかけに、毎年沖縄に通うようになった。
本で取り上げた店は、全部で30軒ある。
「どうすれば、この市場の姿をとらえられるだろうって考えながら、ひたすら歩き続けました。最初は市場の中だけを取材しようかとも思ったんですが、それだと界隈の風景をとらえきれないので、路地の喫茶店や近くの食堂などにも取材しています」
市場中でいちばん朝の早い果物店から本は始まる。歴史の古い店も、最近できた店にも取材した。コーヒー店の人が古本屋さんに配達に行ったり、行きつけになった食堂で芭蕉布を扱う「バサー屋」の男性を紹介されたり。店と店とを、人の流れがつないでいるのがよくわかる構成だ。
取材は店先で、客が途切れる合間をみはからって話を聞いた。
「『取材したい』となかなか言い出せず、20回ほど通ってようやくお願いできた人もいます。すごくにぎわっている魚屋さんの場合は、不審者になるぐらい毎日、鮮魚売り場を歩きました。ようやく顔を覚えてもらってお願いしたら、『忙しいから無理』と断られて。邪魔にならないようお客さんがいない時に話しかけ、誰か来たら『また来ます』と中断して、何度も話を聞かせてもらいました」
写真も橋本さん。丁寧な取材への信頼からだろう、カメラに向けられた店主たちの視線は柔らかい。小さな店の物語は、普通の人たちが沖縄の戦後をどう生きてきたかの貴重な記録でもある。
■取材・構成/佐久間文子
※女性セブン2019年6月27日号