財閥に関わる名建築からは、戦前の経済を支えた人たちの息吹が垣間見えてくる。三井合名理事長を務め、三井財閥の総帥として君臨した團琢磨氏の玄孫で女優・タレントとして活動する團遥香さんが、東京・小金井市にある「江戸東京たてもの園」の三井八郎右衞門邸を訪れた。案内役は同園学芸員の阿部由紀洋氏だ。
團:こちらを訪れるのは初めてです。広大な小金井公園にある「江戸東京たてもの園」の中に、三井八郎右衞門邸が移築、復元されているんですね。
阿部:戦前に日本の3大財閥として名を馳せた三井財閥には一族合わせて11家あり、その総領家・北家の当主は代々、三井八郎右衞門を襲名しました。この邸宅は、第11代当主の三井八郎右衞門高公氏が第2次世界大戦後の昭和27(1952)年に東京・麻布笄町(現・港区西麻布3丁目。以下、西麻布邸)に建てたものです。
團:あの三井本館を建てた第10代当主・高棟氏の息子さんですね。
阿部:その通りです。戦後まもなくで建築資材が入手しにくかったこともあり、高棟氏が暮らした東京の麻布今井町邸(現・港区六本木)、高棟氏が設計に携わった京都油小路三井邸、隠居後に住んだ神奈川県大磯の別荘・城山荘など、三井家の各施設から建築部材、石材、植物などが集められて建てられました。そのため、戦前の三井家の威勢をうかがうことができます。