【書評】『小早川隆景・秀秋 消え候わんとて、光増すと申す』/光成準治・著/ミネルヴァ書房/3500円+税
【評者】山内昌之(武蔵野大学特任教授)
小早川隆景は若年の養子・秀秋を何かと思いやった。それは豊臣秀吉の甥だった秀秋への気遣いである。光成氏の新著は、「沈断謀慮」の人・隆景と裏切者・秀秋という固定観念を否定し、秀秋を養子に貰ったのは毛利宗家の血縁維持のためでないと説く。
毛利の分国は八か国でも多いのに、筑前を隆景が貰うことで毛利一族九か国となるのは、いずれ毛利の仇になると考えた。そこで秀秋を自分の養子に迎えて、秀吉へ自然に領土を返し、毛利輝元の補佐として中国地方に戻るシナリオを描いたというのだ。確かに秀吉は、秀秋を九州に置く構想を抱いていたので先手を打ち、秀吉没後の天下の混乱を乗り切る戦略的布石を打ったという解釈は説得力に富む。
また、関ケ原合戦で松尾山城に布陣したのは、家康の西上を阻止する三成の意図からだとはいえ、三成が大垣城を出て平野で決戦するのは秀秋には意外であった。秀秋は東軍につく覚悟を早くに決め、最初から松尾山を下りて布陣し東軍として戦ったという説を紹介する。
裏切りは事実であるが、戦闘中に東軍に突如鞍替えしたわけではない。旗幟を鮮明にする機会を逸した大決戦の勃発が秀秋をヒーローにし、かつ史上最大の「裏切り者」にしたという見立ては、なかなかに魅力的である。