最新刊『つみびと』で作家生活35年にして初めて現実の事件──「大阪二児置き去り死事件」──に着想を得て小説を執筆した山田詠美さん。
今から9年前の夏──7月30日に大阪市内のワンルームマンションで、3才と1才の幼児が餓死しているのが発見された。ふたりを灼熱の部屋に放置したのは当時、風俗店で働いていた23歳の母親・下村早苗被告だった(2013年に懲役30年の刑が確定)。幼い子供を置いて男友達と遊んでいた末の事件というかつてない衝撃から、彼女は「鬼母」と呼ばれ、その行状が連日大きく報じられた。いま、繰り返される悲劇について思うことは。山田詠美さんに話を聞いた。(インタビュー・構成/島崎今日子)
『つみびと』中央公論新社/1728円
〈私の娘は、その頃、日本じゅうの人々から鬼と呼ばれていた。鬼母、と。(中略)彼女は、幼ない二人の子らを狭いマンションの一室に置き去りにして、自分は遊び呆けた。そして、真夏の灼熱地獄の中、小さき者たちは、飢えと渇きで死んで行った。この児童虐待死事件の被告となったのは、笹谷蓮音、当時二十三歳。私の娘。〉──『つみびと』は蓮音の母・琴音の独白から始まる。蓮音、琴音、そして亡くなった桃太と萌音。それぞれの視点から、事件に至るまでとその後、そして幸不幸の在処を描き出す。
『つみびと』は、3人の視点から描かれている。罪を犯した蓮音と、その母の琴音、そして死んでいく子供の一人、兄の桃太4歳。当事者たちの心理が深いところまで描かれ、事件の萌芽が複雑に絡み合っていく。帯には、「本当に罪深いのは誰──」とある。
──もしかして、今、獄中にいる彼女に向かって書かれたのかという気がしました。
山田:うーん。私からすると、自分が幸せになる方向にもっていくような言葉を持たない人たちを、私が言葉を与えてちゃんと語り尽くしてあげようという欲望なんですけどね。それが二児を置き去りにした女の人であり、その母親であり、その子供たち。複雑なパズルがきっちりと組み合わさったとき、大人たちがどうしてここまでの事態にしてしまったのかを解きほぐす感じで書きたかった。あの事件は、誰のせいでもないけれど誰のせいでもある…。もちろん、子供たちのせいではありませんが。
〈娘の蓮音は、子供たちを殺した。人殺しだ。でも、彼女は人殺しに仕立ててしまったのは私ではないか。あの子の一部は、私によって、とうに死なされていたのだ。〉
──琴音の独白部分ですが、いつにも増して、緊張感あふれる筆遣いに息もつけません。
山田:それは、はじめての新聞連載だったからかも。毎日、仕事場に出かけて2日分を書きました。短い中で読者を飽きさせずにどう読ませるか。随分トレーニングになりました。でも、もともと私は「ミューズが書かせる」ようなタイプじゃないから(笑い)。今回もなるべく冷静に、感情的にならないように心がけて書いていると、「あっ、この人はこんなふうに思ったに違いない」ということが浮かび上がってきました。