【書評】『明治日本散策 東京・日光』/エミール・ギメ・著 岡村嘉子・訳/角川ソフィア文庫/1120円+税
【評者】池内紀(ドイツ文学者・エッセイスト)
明治の日本開国とともにドッと欧米人がやってきた。大半は「神秘の国」に憧れた二十代だった。なかには一山狙いの商人もいた。そのなかでこの本の著者は異色だった。パリのギメ東洋美術館になじんだ人もいるだろう。早くからオリエントの文化に興味を抱いていた。その上、実業で鍛えた眼をもっていた。明治九年(一八七六)来日、当時としては相当なトシの四十歳だった。そんな人物が、どのように開国ニッポンを見ただろう?
品川、上野、浅草、日光。
「食堂や茶屋の店先には、竹竿に吊るしたたくさんの青や白の手拭が掲げられて客を誘っている」
浅草でのことだが、いいスポットに眼をとめている。白地に藍で屋号や紋章が染めつけてある。眼が洗われるように美しく思ったにちがいない。
古い体制がガラリと崩れて、新しい時代に突きすすんでいた。近代の夜明けにあって、なおしばらく、日本人の生活は江戸のころと、さほど変わっていなかった。大きな変動の一歩手前の、つかのまの小春日和。何百年とつづいてきた日常の永遠のたたずまい。