【著者に訊け】桜木紫乃氏/『緋の河』/2000円+税/新潮社
共に釧路市出身で、同じ中学の先輩後輩という関係以上に、著者・桜木紫乃氏と本作の主人公のモデル・カルーセル麻紀氏の間にある、小説や舞台といった虚構にこそ真実を見出すという信念を感じさせる1冊だ。
短い夏の夕方、釧路川に時折出現する赤い光の帯と、「文字通り血の河を渡った人」をイメージしたという『緋の河』は、昭和17年秋、昔気質な父と辛抱強い母の次男に生まれ、武骨な兄より姉の〈ショコちゃん〉と遊ぶのが好きなヒデ坊こと、〈秀男〉の少女時代を描く。
自らを〈アチシ〉と呼ぶ小柄な秀男は、〈女になりかけ〉などと綽名される。だが、花街の女〈華代〉から言われた〈この世にないものにおなり〉という言葉や作家を志す親友〈ノブヨ〉に支えられ、自分の居場所は自ら掴み取ってゆく。そこに疵はあっても涙はなく、桜木氏は本書を単に差別や偏見と闘う物語には決してしないのである。
初対面は4年前。地元経済誌の対談の席上だった。
「麻紀さんはいるだけで圧が凄くて、仮にオーラというものがあるとしたら、あれです。最初から彼女に強く感じた〈パイオニアの孤独〉だけは他の誰にも書かせたくないと思いました。
それで後日、『貴女の少女時代を想像で書かせてください』とお願いしたら、その日のうちに『いいわよ。その代わり、とことん汚く書いてね』という返事が。だから私も、口答えじゃないんですけど、『麻紀さん、汚く書くと物語は逆に美しくなるんですよ』って」