東京・渋谷は、函館、神戸、長崎などに負けない坂の街。そのために、ここ神泉町(しんせんちょう)にある『酒 みさわ』で角打ちを楽しむには、坂道の上り下りが必須となる。
「私自身はこの近くに職場があるんで帰り道に道玄坂を下って、渋谷駅に出ます。距離も角度もほろ酔いで帰るにはほどよい坂道です。ここで知り合った人たちは、(京王井の頭線)神泉駅や(東急田園都市線)池尻大橋駅から来るほうが上り下りがあって面白い。これも『みさわ』のおいしい付録メニューだなんて言って笑ってますよ」(40代、エンタメ系A)
玉川通りと旧山手通りが交差した場所にある昭和6年創業のこの店では、3代目主人の三澤一寿(かずとし)さん(51歳)と両親(國夫さん、典子さん。共に80歳)が、元気よく客を迎えてくれる。
「実は一昨年までコンビニだったんですが、これからの事や、もっと楽しくしたいなどと考えて、2017年12月18日にこんな店にしたんです。角打ちがゆっくりとできるように店の真ん中に大きい長テーブルを縦並びで二つ。カウンターよりは、皆さんの距離が近くなれるんですよね。酒類やつまみ類を壁側の棚に並べ、コンビニだった雰囲気を残したところ、店の中がさらに明るくなりました。右奥に厨房を拵えて、ここで両親がそば、うどん、カレーなどの立ち食いメニューを作ってくれる。これもうちの顔になっています」(一寿さん)
全体的に、だれもがイメージしている角打ちの店とは、およそ雰囲気が違っている。しかし、これがまた多くの角打ちファンの心を掴んでしまったようだ。
「壁面2方向にずらりと酒やつまみ類が並んでいる風景は楽しいです。ここから自分で好きなものを選んでは、キャッシュオンデリバリー。まさにコンビニ的角打ち方式。清潔感があふれているし、おしゃれというか素敵ですよ。そのうえに〆としてかき揚げなどをトッピングできるうまい立ち食いソバなどがある。こんな角打ち、ちょっと体験できないでしょ」(50代、アパレル系)
「さっきまで20代の息子と二人で道玄坂で飲んでいたんですけどね。置いてあったグルメ雑誌に古い酒屋なんだけど、コンビニみたいで、角打ちができて立ち食いそばも食べられるとの記事を見つけたんです。二人とも飲食関係の仕事をしてますんで、興味をひかれて、初めて来てみたんですけど、これは確かに楽しめる店です。息子も明るさと清潔さが気に入ったみたいだし、時間を見つけてまた来ます」(50代、調理師)
「最寄りの電車の駅がいくつもあるけれど、どの駅からもちょうどよく遠いこと。どこから歩いても、坂を登るか降りるかしなくてはいけないこと。本来プラス材料ではないけれど、逆にこれがこの店が我々にとっていつまでも魅力的なままでいてくれる要因になっているんです。こんないい店が、駅近にあったら、絶対に混み過ぎてしまって魅力は半減します。夜8時を過ぎると、一人で来る人が多いんだけど、わかりますね。地理的にも人間関係的にもちょうどよい距離で飲めるんですから」(50代、芸能事務所)。
そのちょうどよい距離の坂を登り切った彼らが、明るい店の冷蔵庫から取り出す酒は、焼酎ハイボール。
「みんなそれぞれ好きな酒はあるでしょうけど、僕はこれがおいしいと思う。家でもこれしか飲まないぐらいですしね。何年か前に角打ちデビューした時も、これが冷えていたんでうれしかったですねえ。焼酎ベースの辛口っていうのがいいんです。こんな酒を、こんな店で飲める。こういうのを最高って言うんじゃないですか。おいしいと言えば、内緒だけど、ここのお母さんが漬ける白菜の漬物。ときどきしか出ないんだけど、僕はこれが一番おいしいと思う。この漬物とこの酒。絶妙の組み合わせです」(40代、エンタメ系B)
常連客は「正直言って、この店を紹介されてしまうのはビミョウな気持ちですけど、この距離と坂をいとわず来てくれる人は歓迎したいですね」と、ウエルカムの姿勢を見せてくれた。
■『酒 みさわ』
【住所】東京都渋谷区神泉町9-6
【電話番号】03-3461-1427
【営業時間】8時~22時
【定休日】土曜、日曜、祝日
焼酎ハイボール152円、ビール大びん450円。かけそば280円、春菊天ぷら100円、ウインナーソーセージ150円、さつま揚げ200円。ほかにカレーライス、豚カツ丼など魅力のメニューも揃う。