超難関中学に進学した女優・芦田愛菜(15)が読書愛を語る著書『まなの本棚』が、発売早々ベストセラーに。孫を本好きにしたいと願う祖父母世代が多く買い求めているというが、ではどんな本を孫に読ませればいいのか──。映画監督の大林宣彦氏(81)が勧めるのは、『中原中也全詩集』(中原中也著・角川ソフィア文庫 1360円+税)だ。
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私は中原が亡くなった翌年、1938年に生まれました。大日本帝国が戦争をしていたあの時代、叔父が「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」という中原の詩を口ずさむのを、子守唄のように聞いていたのが、最も古い記憶です。
国民学校に通い、軍国少年として育った私には、戦争に敗れて国家が滅びていく中で、日本人の大人に騙されたという思いが強く芽生えた。対して、中原の詩は幼児言葉みたいに美しく、正直で綺麗な日本語でした。幼い私は、戦争の時代に多様な詩を残した中原に影響を受けたのだと思います。
今度は孫世代の若い人たちに読み継いでもらい、未来を変えてほしいという気持ちがある。全詩集には、中原が著名になってからの詩だけでなく、無名時代の詩、言葉の断片と言ったほうが近い作品が入っている。一生を懸けた詩人の思考が読み取れる。
戦前戦後の日本人である私は「平和難民」ですが、今の日本人は「平和孤児」だとも感じます。経済的な繁栄で突き進んできて、それが崩壊しつつあり、何をどうしていけばいいのかという悩みが広がっている。こういう時代だからこそ、戦争の歴史の中で編まれた中原の詩に触れてほしい。
※週刊ポスト2019年8月16・23日号