5月末に発売され、絵本としては異例のスピードで重版がつづく一作がある。直木賞作家の角田光代さんが文章をつづり、これまた直木賞作家の西加奈子さんが絵を描いた『字のないはがき』だ。7月23日には、クレヨンハウス東京店(東京・港区)に詰めかけた100人を超える愛読者を前に、角田光代さんと西加奈子さんの刊行記念対談が催された。
2人の作家が制作したこの絵本は、中学生の国語の教科書にも載っている「字のない葉書」というエッセイが原作。執筆したのは、向田邦子さんだ。
『寺内貫太郎一家』(TBS/1974年)や『阿修羅のごとく』(NHK/1979年)など、数多くの名作テレビドラマの脚本を手がけてきた向田邦子さんは、小説家・エッセイストとしても活躍、1980年には直木賞も受賞している。しかし翌1981年8月22日、飛行機事故により急逝、2019年は生誕90周年にあたる。
刊行記念対談で、角田光代さんは絵本の執筆依頼があったときのことを、「このお仕事は、荷が重いけれども、すごく断りづらい。断りづらい、というのは、やっぱりわたしは向田邦子さんの大ファンだから」と振り返る。西加奈子さんもまた、「向田邦子さんの『字のない葉書』を角田さんが絵本にされる、っていうその“絵”を、だれかほかの方がやられてたら、めちゃくちゃ嫉妬してた」と語った。
リスペクトする先輩作家が原作者というばかりでなく、計り知れない「重圧」もあったようだ。
向田邦子さんが書いていたのは、戦時中の家族の実話。1945年、東京から甲府に学童疎開することになった末の妹に、父親が自分あての宛名を書いた大量の葉書を持たせる。まだ字が書けなかった妹に、「元気な日は、葉書に丸を書いて、毎日一枚ずつポストに入れなさい」と父親は言ってきかせるが……。
このエッセイを20代のころに初めて読んで以来、細部まで内容を「視覚的に記憶」していたという角田光代さんは、絵本の文章には敢えて入れなかったエピソードに触れ、「削るのがすごくドキドキした。この目で見ていることなのに、絵本に書かないでいいのかな」と感じたという。その一方で、「戦争の話ではあるんですけれども、ことさら戦争を強調したくはなかったんですよね。向田邦子さんの書き方は、戦争というものを、自分のいる日常から書いていく書き方。『字のない葉書』は、子どもの目線から見える戦争の一部、が書かれていると思っていて、絵本の文章を書くにあたり、そこは注意しました」と話した。
『サラバ!』をはじめ自身の小説作品の装画を描くことも多く、みずからを「『戦争のこと!描いてる!!』みたいな腕まくりをすぐしてしまいがち」と分析する西加奈子さんも、「日常が脅かされることが戦争やから、日常のことをちゃんと描く。あのこわいお父さんが泣いたとか、まずそういうことやと思う。まず戦争があって、戦争から“矢印”来てるわけじゃない感じは、すごいありましたね」と制作中の心境を回想した。