『老人必用養草(やしないぐさ)』という医学書に注目が集まっている。この書物が書かれたのはなんと江戸時代中期。伝説的名医である香月牛山(1656-1740)が書いたものだ。
ここには、現代にも通用する健康で長生きするためのヒントが多く詰まっている。みずからも85才という長寿を全うした牛山の知恵から健康に生きる術を紐解こう。本の中には、オーラルケアに関する言及もある。
◆歯磨きは頻繁にやりすぎない
《老人は物むづかしくなるによりて、おほくは口中、歯などをすり磨く事なき故に、かへりて歯に熱を生じ、湿をたくはへて、虫を生じ、腐落る類多し。心を用て歯をしていたまぬほどにすり琢(みが)きて、食後に温茶にて口漱(そそぎ)て熱を去べし》(以下、《》内は『老人必用養草』からの抜粋)
年を取ると面倒になって歯磨きをしなくなって虫歯になったり、歯が抜ける人が多いという内容だが、その当時「歯ブラシ」として使われていた楊枝や、「磨き砂」の使用方法を詳細に述べているほか、夏は水、冬はお湯を使っての舌磨きも推奨している。訪問診療を実践し、高齢者の健康に詳しい新田クリニック院長の新田國夫さんはこう言う。
「歯磨きは頻繁にやりすぎるとかえって歯茎を痛めます。特に高齢になると歯と歯肉の間があいてきて、そこを強く刺激すると菌が入りやすくなるのです。現代人がやるなら砂ではなく、塩で磨くのがいいでしょうね」
舌磨きも口腔内の清潔を保つのに重要で、市販の舌磨きを使い、やさしくやるならば毎日してもいいと新田さんは言い添える。
◆60才以上は薬の飲みすぎ注意
「六味地黄丸」などの漢方薬を常備しておくべき薬として挙げながらも、まさに現代に問題となっている「多剤併用」の弊害を示唆するような記述も見受けられる。
《人、初老の時より陰気をのづからなかばすとあれば、陰を補ふくすりを用べきなり。六味地黄丸、八味地黄丸を用て其益多し。初老より中年まで用て、六十巳後は用る事なかれ》
40才頃から陰気が減少していくので、それを補うために漢方薬を使うべきだが、60才以上になったら使うべきではないというわけだ。その理由として「枯れる直前の植物に水をやっても元気にはならず、早く腐ってしまう」と牛山は説明している。
また、私たちもよく使う「風邪薬」についても、《老人に風薬・食滞の薬を用て、その邪を去るに、十分に邪を逐去べからず》薬で100%治そうとせず、6~7割ほどにしておくことと記述している。帯津三敬病院名誉院長の帯津良一さんはこう続ける。
「たしかに風邪をひくと薬に頼りたくなるものですが、できるだけ自然治癒力に任せた方がいい。この記述は、薬を使うのは治療のきっかけまでにしなさいと言っているのでしょう」