昨年9月15日、惜しまれながら亡くなった樹木希林さん(享年75)の一周忌が近づいている。
この1年間、樹木さんはこれまで以上に存在感を増したといってもいいだろう。死後、3本の映画が公開され、相次いで刊行された関連書籍はどれもベストセラー。生前に樹木さんから発せられた含蓄ある言葉の数々は死後もわれわれを奮い立たせた。
この8月には『9月1日 母からのバトン』(ポプラ社)が刊行された。娘・内田也哉子さん(43才)との共著だ。
9月1日とは、1年間で子供の自殺が最も多くなる日。政府がまとめた「自殺対策白書」(2015年)によると、過去約40年間を集計した18才以下の日別の自殺者は、8月前半には約30~40人程度で推移し、8月後半になるにつれて増加。8月31日には92人となり、9月1日が131人でピークとなる。
数年前にそのことを知った樹木さんは、ひどく心を痛めた。2014年、樹木さんは専門誌『不登校新聞』の取材を受け、それを機に、登校拒否・不登校を考える全国ネットワークが2015年に開催したトークイベントにも参加。9月1日の現実を知ったのはそのときだ。不登校経験者に向けて「ほかの人と比べない」「夢を叶えられなくても、挫折するのはバカバカしいことじゃない。方向を変えればいい」など、自分の言葉で「学校に行きたくない」気持ちをもつ子供たちやその親と向き合った。
昨年の8月には『朝日新聞』に、生きづらさを抱える人たちのために直筆でメッセージを寄せ、話題を呼んだ。
樹木さんの死後、初めて迎える「9月1日」。今年、そのバトンを受け取ったのが也哉子さんだった。
この本の第一部は、樹木さんが不登校の当事者やその親向けに行ったトークイベントの内容とインタビューをまとめたもの。第二部では樹木さんのこうした講演内容とともに、也哉子さんと不登校の当事者や経験者、識者のかたがたとの対話を収録している。
担当編集者の天野潤平さんによると、最初は也哉子さんに出版に対するためらいが見られたという。
「当時は、樹木さん関連本の出版が続いており、内田さんのもとにも毎日のようにお母様に関する執筆依頼がきていたようです。心の整理がまだつかないと、率直な思いを語ってくださいました」
しかし、天野さんと電話で話していく中で、「9月1日問題」に対して也哉子さんの考えに変化が生じたという。
「内田さんは、“母の心を最期まで捉えていた9月1日の現実を知りたい。こんな現実があることをそれまで知らずにいた自分にある種の悔しさを覚える。3児の母親としても無関心ではいられない。イチからこの問題を学ぶ旅に出たい”と逆提案してくださったのです」
一筋縄ではいかなかった親子。也哉子さんは樹木さんがいなくなってからより一層、樹木さんの存在を考えるようになった。
「これは、内田さんが受け取ったバトンであったと同時に、彼女が母・樹木希林に出会い直す旅だったのではないでしょうか」(天野さん)
本の売れ行きは順調。だが、天野さんは也哉子さんと樹木さんの望みは、「本書が売れること以上に、9月1日に自ら命を絶つ子がいなくなることではないでしょうか」と言う。
※女性セブン2019年9月12日号