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気鋭の社会学者が描く記憶をめぐる物語『図書室』

気鋭の社会学者・岸政彦さん(撮影/政川慎治)

【著者に訊け】岸政彦さん/『図書室』/新潮社/1728円

【本の内容】
〈いま振り返っても、幸せな子ども時代だったと思う。でもよく考えれば、特に私の人生は波風もなく、中年を過ぎてそろそろ老いることを意識しだした今でも、平和で平穏だ〉。図書室で借りた本を何度も何度も読み返していた子供時代を、一人暮らしの女性が振り返る。図書室で出会った同い年の少年と過ごした時間。大阪弁のテンポのいいリズムで交わされるふたりの会話。自分の忘れ得ぬ記憶が今の自分を確と肯定すると感じられる、抱きしめたくなるような短編「図書室」と自伝エッセイ「給水塔」が収録されている。

 大阪の公民館の小さな図書室に通っていたころの幸福な思い出。いまは50歳になった一人暮らしの女性が、子供のころを思い出している。

 図書室で知り合った、別の小学校に通う少年。ふたりは、人類が滅亡した世界で生きていくという想像に夢中になる。記憶の中で、40年前のふたりの会話の弾みがいきいきと再現され、過去と現在が逆転するようでもある。

「現在と過去とのバランスは、自然とこうなりましたけど、時間的な奥行きみたいなものを表現したかったんですね。タテヨコ、というのか、会話のところは物語の中の時間と読者の読むスピードがほぼ一致するし、彼女が自分の人生を振り返るところは40年を2分で語る、というような」

 自伝的エッセイ(「給水塔」)も収めた。社会学者として生活史調査を続けてきた岸さんが、小説の世界に足を踏みいれるきっかけとなった文章だという。

「5年ほど前に依頼を受けて一気に書いた文章なんですけど、それまで書いていた社会学の論文やエッセイとは文体が変わった気がしたんですね。自分が乖離して、別の自分が語ってるみたいで、もう一押ししたら小説になるんじゃないかって初めて思った。街を歩いていて、『こんな一角があったんだ』って偶然、出くわして、その一角はものすごく奥まで続いていると知った。異なる二つの世界をつないだ文章なんです」

 大阪の街にひかれて暮らし始め、日雇いの肉体労働に従事していた若いころを振り返る「給水塔」は、たしかに私小説としても読める。

 初めて書いた「ビニール傘」でいきなり芥川賞・三島賞の候補になった。現在、4作目の小説を執筆中だ。

「基本的に、ぼくの中で社会学と小説は別物ですけど、つながっているとしたら、大きな構造の中で寄る辺なく生きている人を対象にしているところかな。

 まだまだ、広い海の波打ち際でちゃぷちゃぷ遊んでる感じで、どっぷり潜ってないですけど、いずれ、今の一人称から三人称で書くようになったらなにか変わるんだろうな、とも思っています。小説、ヤバいですね(笑い)」

取材・構成/佐久間文子

※女性セブン2019年9月12日号

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