【書評】『山田稔自選集I』山田稔・著/編集工房ノア/2300円+税
【評者】川本三郎(評論家)
随筆は若い人のものより、年長者のものがいい。落着きがあるし年季が入った知識がある。フランス文学者の著者は、昭和五年生まれ。もうじき九十歳になる。老いの悠然枯淡がある。品のいい笑いがある。何よりもまず本の話題が多いので読ませる。随筆の基本は読書にある。渋い作家が次々に登場するのが好ましい。
志賀直哉の弟子で、一人暮らしを続けながら地味な私小説を書き続けた網野菊。少女を愛した結城信一。さらに飄逸な作風がいまも愛されている木山捷平(しょうへい)。あるいは、文芸誌の元編集者だった田邉園子の作家たちの回想記『女の夢 男の夢』。
本を手がかりに、言葉について、人の生と死について淡々と語ってゆく。木山捷平を評して「(その作品には)現実相手にかくれんぼをしている詩人の、稚気にみちた色気とユーモアがただよう。彼にとってかくれんぼの相手は早くから『死』であった」とはうまい。
亡きフランス文学者の河盛好蔵は自らの文芸随筆を「コーズリー(文芸閑談)」と評した。評論のように堅苦しいものではない。軽妙に文学を語る。それには実は深い知識がなければならない。山田氏の文章も「コーズリー」の味。