10月22日午前、即位礼正殿の儀に先立ち、天皇皇后両陛下は、皇居の中心部から南西の森深い場所にある「宮中三殿」にて、「賢所大前(かしこどころおおまえ)の儀」と「皇霊殿神殿(こうれいでんしんでん)に奉告の儀」に臨まれた。宮中三殿に祀られている歴代天皇や皇族方の皇霊や、八百万の神々へ、即位の奉告をする儀式だ。
宮中三殿は、皇室方が国家と国民の安寧を祈る宮中祭祀の中心地だ。独自資料や古地図などをもとに、皇居の秘密に迫った新著『最後の秘境 皇居の歩き方』の著者で、歴史探訪家の竹内正浩さんが、竣工当時から現在における宮中三殿の様子について語る。
「宮中三殿は、皇居の中の建造物の中でも、その歴史は古い。宮城(現在の皇居)の造営を控えた明治17年(1884年)5月に基礎工事が始まり、明治19年11月に竣工。明治天皇の宮城移転翌日である明治22年1月12日に遷座しました。
銅瓦葺入母屋檜素木造(どうがわらぶきいりもやひのきしらきづくり)といわれる宮中三殿の建坪は合計97坪余り。賢所、皇霊殿、神殿の三殿のほかにも、西側には新嘗祭のみに使用する神嘉殿(しんかでん)があり、その前庭では元旦の四方拝と年末の大祓の祭祀が行われます。その他にも、御召替えの支度を調える綾綺殿(りょうきでん)などの施設が建ち並びます」
まさに皇室祭祀の聖地ともいえる宮中三殿。明治宮殿が焼失した太平洋戦争末期の空襲の中でも、「この場所だけは何としても護らねばならない」と決死の防空対策がなされていたため、現在でも明治の姿をとどめているというから驚きである。