三重県津市の『中村酒店』は、江戸時代に大流行したお伊勢参り・おかげ参りで伊勢神宮を目指し、多くの人々が歩いた旧伊勢街道沿いにある。
店の両サイドの白い外壁に赤いネオンの“酒”の字が浮かび上がるその店内は、これまで楽しい時間を過ごさせてくれた全国各地の角打ちのできる酒屋さんとはかなり雰囲気が違っていた。こちらを圧倒するような若さがはじけ、渦巻いているのだ。
「店のすぐ近くに三重大学がありましてね。常連になってくれているお客のほとんどがそこで学ぶ学生(もちろん、全員が20歳以上)の皆さんか、同大学の教員の方や職員の方たちなんですよ」と、楽しそうにその謎を解き明かしてくれたのは、3代目の中村勝彦(62歳)さんと雅代夫人。
なぜこれほど学生に人気があるのかと聞いてみると、「私の魅力でしょ」と、夫人が冗談めかしてさらりと言う。これを受けて周りの学生たちがドッと歓声を上げる、どこまでも家族的であり、プチ学生街の名物店的オーラも振りまいている。
「うちの大学って、三重出身者が3割ぐらいで、大半は全国から集まってきているんですよ。だから、ここが我が家みたいになるのは自然の摂理でしょうね。ご主人夫妻を、お父さんお母さんだと思ってる連中ばっかりで、悔しいけど独り占めは無理だなあ」(教育学部3年生)
「三重大生の聖地的な店なんで、入学したときから憧れていました。二十歳(はたち)を過ぎて先輩に連れてこられたとき、あっ、三重にも自分の父ちゃん母ちゃんがいると思いましたよ。いまでは、ここで生まれたんじゃないかと本気で思ってるくらいで、居心地最高なんです。」(人文学部2年生)
こんな仲間たちの意見を冷やかすように、「ここって、うちのキャンパス内だと思っている人は自分も含めて多いんじゃないの(笑い)?ここで飲む角打ちカリキュラムなんてあっていいよね。ぜひ作ってもらいたい。これかなり本気なんですけど」(医学部6年生)、なんて言う学生もいた。
中村さんは目を細めながら、「飲みに来てくれる学生さんはみんな我が子同然なんで、名前はもちろん性格も彼女彼氏の存在なども、ほとんど知ってます。そんなみんなが今日はいい酒が飲めたなあ、友達とゆっくり話ができてよかったと、満足感を持って帰ってもらえるような店にといつも考えているんですよ。でも、飲み過ぎている子には、明日授業あるんだろ。自主休講なんてしちゃいかんよとか、注意したりもしますよ」と話す。