映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、第300回を迎えた同連載で出会った役者たちの言葉から、「脇役の矜持」について語られた言葉をお届けする。
* * *
本連載も三百回を迎える。その間、さまざまな名優たちから、さまざまな名言をいただいてきた。そこで今回は、過去にご登場いただいた役者たちの言葉を振り返っていきたい。
この連載の取材をしてきてとても勉強になったことの一つに、「脇役の矜持」がある。スターや主役を輝かせ、作品を盛り上げるために自らは陰のポジションに徹する脇役。それを演じてきた役者たちの演技や仕事に対するこだわりは、芸談として素晴らしいだけでなく、役者でない我々にとっても学ぶものは多いと感じることができる。
そのことに気づかせてくれたのが、連載で最初に取材をさせていただいた平泉成だった。脇役一筋で半世紀以上を生き抜いてきた男の仕事論を聞いた時、この連載は筆者にとって大きな人生勉強になる予感がした。
「たとえば、主人公と対で話している時、二人ともがカメラに正対していたら、どちらが主役か分からなくなる。ならば、ここは俺が下がる場面だなと考えます。台本に書かれてなくとも自分が半歩下がれば、主役にカメラのフォーカスがピシッと当たるわけですから」
作品全体を見渡し、自分自身の役割を見抜き、そしてそれに徹する。見事なまでのプロフェッショナリズムに感銘を受けた。
平泉のいう「半歩下がる」は、舞台になると逆の動きになる。それを教えてくれたのは、林与一だった。長年にわたり舞台で数々の名女優たちの相手役をしてきた裏側にも、彼女たちを引き立たせるための技術があった。
「舞台ではとにかく主役より半歩前に出る。そうすると、主役はいつも正面を向いてお客さんに顔を見せられる。こっちが半歩下がると、主役が後を向くからダメなんです。抱き合う時も、いつも後を向いています」
たった半歩。その半歩で見え方が全く変わってくる。そうした全てを理解してこそ成り立つのが、脇役の芸なのである。