東京メトロ東西線の東陽町駅で電車を降りる。夕暮れを押しのけて夜のとばりがあたりを覆う永代通りを東へ向かって歩くと、やがて昭和50年に入居が始まったという古き良き時代の香り漂うマンモス団地・南砂住宅が現れる。
目指す『伊勢藤(いせふじ)酒店』は、そんな団地内のレトロな商店街の一角にある。
「隣町に創業半世紀を超えた本店があるんですが、角打ちができるのは、私が店長をしているこっちの南砂団地店だけなんですよ。兄と2人、2代目兄弟で頑張っていますが、2店かけもちの兄は、うちは普通に酒を売るごく一般的な酒屋なんだと考えている人。だけど私はお客さんに、ここで飲んでいってよと声をかけてしまうほどの角打ち大賛成派。それでこうなっているってわけです」(店長・藤田憲二さん・66歳)。
魅力的にかつ雑然と酒類やつまみなどが並んだ店内には、角打ち専用のカウンターなどの姿はなく、空いている場所で飲むという方式。まさに、昔ながらの角打ちスタイルになっている。
この店の大御所的雰囲気で笑顔飲みしていたのは50代のサラリーマン。
「なんせ会社が近いのでね。働き始めてかれこれ15年、会社が休みの日曜と火曜以外は毎日必ずここに寄ってます。6時半から7時までの30分だけ飲んで元気を回復して、30分の距離を歩いて帰るんです。乾き物だけををつまみに、店のどこもが角打ちスペースなんで、のんびり飲めていいですよ。もうちょっと商品を整理整頓すれば、もっと多くの人がゆうゆうと飲めるのにという、ぜいたくな不満を持ってはいます(笑い)」
「外資系の証券マンでして、昼間はいつもピリピリとした状態で仕事をしてる。それは他の職業の方々も同じなんでしょうけどね。その分、夜はここでダラダラしに来るわけです。会社の雰囲気とはガラリと違って、建築業や運送業の人たちが多くてね。みんなやさしくて気持ちがいい人ばっかり。ほんとに緊張がすうっと抜けるんですよ。来れば、いつのまにかって感じで2時間はいるのがあたりまえです」(50代)
マンモス団地の中に溶け込んだ店だけに、団地住民、そして元住民の常連客も多い。
「私はこの団地住民になって13年目。早々に下町らしい気楽に飲めそうないいところがあるなと嗅ぎつけまして、週7日欠席なし。こないだなんか皆勤賞のティッシュいただきました(笑い)」(60代、建築業)