ビュン!
「ウソ? いま来た? ウソー!」
山梨県の大月駅にほど近い、JR東海の山梨リニア実験センター。その打ち合わせルームに足を踏み入れた、俳優・石原良純さん(57)の第一声である。この日、石原さんは「超電導リニア」に体験乗車するため、同センターを訪れた。センターは、山梨リニア実験線(総延長42.8km)の中央付近に位置する。窓からは、間近にリニアの線路(ガイドウェイ)が見える。入室した直後に、偶然、実験線を走る試験車「L0系」が通過したのだ。
「走行音らしき音が聞こえたと思ったら、もういない……誰か、見た?」
そう取材スタッフに声をかける石原さん。時速500キロで走るリニアが通り過ぎる時間は、ほんのわずかだ。音がしてから窓を振り返って見ても、リニアの姿はない。文字通り、“目にもとまらぬ速さ”を体感した瞬間だった。
否が応でも、体験乗車への期待感が高まる。居ても立っても居られない様子で、石原さんは搭乗口へと向かった──。
「時速300キロは遅い」
JR東海は現在、リニア中央新幹線の2027年開業(東京~名古屋間)に向けて準備を進めている。2014年からは実験線で一般向けに「超電導リニア体験乗車」を実施。2019年8月までに延べ11.5万人が「時速500キロ」の世界を体験した。
搭乗口から車内に乗り込み、興味深そうに周囲を見回しながら、着席した石原さんが言う。
「内装は、新幹線と飛行機の中間といった感じがします。窓はサイズといい、形といい、飛行機に近い。座席は飛行機より広くて、新幹線に近い印象です。椅子に座った感じも新幹線に近いです」
出発を知らせるアナウンスが流れると、「やっぱりドキドキするね」と一言。いよいよ発車だ。走り出しからおよそ時速150キロまではタイヤで走行し、その後はタイヤを収納して浮上走行となる。モニターに映る速度を凝視しつつ、体験乗車が始まった。
「タイヤ走行中は、プロペラ機が着陸した後にクラッチを切って惰性で走っている感覚に近い。だんだん速度が上がってきました……150キロ。あ、浮いた! でもこれは、意識していないと分からないかもしれません。飛行機だと機首が上がるから分かりやすいけど、リニアは水平のまま浮くから分かりませんね」
速度はぐんぐんと増し、あっという間に最高時速の500キロに達した。
「カーブでも言われないと気付かないくらい安定している。乗り心地は新幹線と近くて、飛行機や在来線特急よりも揺れないから、座席テーブルでの書き物やパソコンでの作業もできますね」
時速500キロで走ること数分。リニアは実験線の終点に向けて、徐々に速度を落としていく。400キロ、300キロ……。
「だいぶ遅く感じるけれど、これでも時速300キロ出ているんですね。新幹線より早いのだから、すごい」
トンネルを抜け、実験線は甲府盆地で地上に出た。
「あ、甲府盆地だ。車窓の景色は鉄道で楽しむ絵画と言えるけど、リニアは甲府盆地がいちばんの見どころになりそうですね。開業後はあっという間に通り過ぎるかもしれないけれど(笑)」
20分ほどの体験乗車を終え、実験センターに戻った石原さんにあらためて感想を聞いた。
「驚いたのが、最大40‰(パーミル。水平距離1000メートルあたり垂直距離40メートル)という急勾配を難なく登っていったこと。ふだん新幹線で『坂を登っているな』と感じる場所はほとんどなく、その感覚が唯一あるのは、北陸新幹線で高崎から安中榛名を抜けて軽井沢方面に向かう左カーブの上り坂くらい。全国の新幹線で最も急な坂は九州新幹線の35‰だそうですが、新幹線のどの坂より急な勾配を、リニアは時速500キロで難なく登って行けるんですね。
車輪でレールを噛み、摩擦力で走る鉄道はそもそも勾配に弱いけど、リニアは違う。既存鉄道とは根本的に違う推力で走るので、鉄道でも飛行機でもない、新しい時代の乗り物だと実感しました」
鉄道好きな石原さんだけに、体験乗車の感想も玄人はだしだ。説明担当のJR東海スタッフに、リニアの線路(ガイドウェイ)や車両の構造、運行システムなどについて質問を矢継ぎ早に飛ばす。超電導リニアは、ガイドウェイに囲われて浮上走行をする仕組みのため、雨や風、雪の影響が少ないシステムであるということや、地震発生時に「脱線しない仕組み」なども話題に上った。
「超電導リニアという、まったく新しい技術による乗り物ではあるけれど、トンネルや高架といった構造物、安全運行のノウハウは、これまでの鉄道技術の積み重ねに支えられているんですね」
「リニアは既に完成している」
実は石原さん、10年以上前にテレビ番組の企画で、先行区間(約18キロ)でもリニアに乗車をしたことがあるという。
「当時は距離も時間も短かったせいか、“アトラクション”感覚が強かった。それが今回は、最高速度の時速500キロで走る区間がずいぶん長く、走行距離が充分にあったので、実験線というより、あとはこのまま工事を延長するだけで『リニアは既に完成している』という感覚のほうが強い。私たちが近い将来に乗るリニアそのものに乗った体感です。何と言っても、実験線だけで品川~名古屋間の7分の1もの距離ができているんですからね。
意外と知られていませんが、すでに色々な場所でリニアの工事が進んでいることを感じます。リニアの始発駅である品川はもちろん、名古屋駅の線路の真ん中でも地下の工事が進んでいる。駅ができる予定の長野、山梨なども、沿線に住む人はもう完成を意識し始めているでしょう」
リニア中央新幹線は、品川、名古屋のターミナル駅の他に、神奈川県相模原市、山梨県甲府市、長野県飯田市、岐阜県中津川市にそれぞれ駅が開業する予定だ。始発駅の品川から名古屋までの所要時間は最速で約40分。もし、開通したら、石原さんはどんなふうに利用したいだろうか。
「東京・名古屋を1日2往復することも容易になる。名古屋のテレビ局でもよく仕事をする私にとって、1日2回名古屋に行けるようになるのがいいことなのか、そうでないのかはまだ分かりません(笑)。でも、リニア沿線のどこに住んでも東京・名古屋にパッと移動できるようになれば、人の暮らし方に変化をもたらすでしょう。個人的には、住むには地方都市のほうが楽だと思っているので、リニア開通により“住みやすくて便利な地方都市”が今より広範囲になることを期待しています。
また、リニアが全線開業したら、東海道新幹線の使い方も変わると思います。停車駅の少ないのぞみが減り、ひかりやこだまが増えるということで、静岡や浜松などへのアクセスが良くなる。旅行にもビジネスにも利用しやすくなるはずです。リニアと新幹線は、首都圏と名古屋・大阪方面を結ぶ2本柱になるんですね」
「想像できる未来を、超えよう。」
もし、リニア沿線に住むとしたら……?
「沿線各地はどこも興味がありますが、中でも私が注目するのは飯田です。秘境駅が多く、鉄道好きにも人気の高いJR飯田線に乗ったとき、天竜峡など沿線の景色に感動しました。東京から飯田まで現在は5~6時間かかるところが、リニアでは約45分に短縮されるという。『飯田線秘境駅号』という秘境を巡る観光列車まである飯田が身近になれば、これまで見過ごしていたような土地にも、気軽に出かけられるようになるでしょう」
リニアの研究開発が始まったのは、国鉄時代の1962年だった。この年は、石原さんが生まれた年でもある。
「私はリニアと同い年なんです。50年以上たって品川~名古屋間の7分の1が完成し、車両などの細かな仕様が徐々に決まって開業が近づいてきたことは、とても感慨深い。
私が子供の頃は、1964年に開業した東海道新幹線が人気で、みんなが新幹線のおもちゃを持っていました。鉄道って、単に人を運ぶだけではなくて、子供たちの夢も運ぶんです。
リニアの開業で、鉄道でも飛行機でもない新しい技術が実用化する。そうした技術の進化を目の当たりにすることは、人々の自信や興味を呼び起こすでしょう。しかも、公共交通として誰でも利用できるのですから、さらなる未来へとつながる希望になると思います」
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◆JR東海