映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、俳優・イッセー尾形が、映画『太陽』や『沈黙』で外国の監督や俳優、スタッフに囲まれて芝居をしたときの思い出を語った言葉をお届けする。
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イッセー尾形は二〇〇五年、ロシアのアレクサンドル・ソクーロフが監督した映画『太陽』に主演、昭和天皇を演じた。
「僕の中での陛下は、東京オリンピックでの開会宣言のイメージが一番強いので、それを頼りにロシアにまで行きました。
おかしかったのは、メークのおばちゃんが髪の毛を切ってくれるんですが、『こんな硬い髪の毛は初めてだ』と笑うんです。それで親しくなりましたし、その間にコーヒー飲んだり、クッキー食べたりして、幸せでね。
そうやって心が温かくなる準備ができていたものですから、撮影も楽しくやれました。
監督も柔軟な方で、褒め上手なんですよ。『こうして』とか僕にはほとんど言わないで、『さあ、見せてくれ』という感じでね。それが僕にとっては自由なんです。それで『よし、やろう』となりました。
僕は台本を読み終えていざ演じる時、最初に演じる手がかりになるものを探して、そこにしがみついて演じます。見つからない時は見切り発車。不安ではありますが、その見つからなさを喜びにしようと思っています。
ただ、この時は最初のイメージにしがみつくだけでは追いつかない場面がいっぱい出てくるんです。そこは直感でやりましたね。そうしたらメークのおばちゃんが抱きついてきてくれて『あんたは、なんて素晴らしいんだ』って。それから、しがみつくことなくインスピレーションで動けるかなと思いました」