ライフ

芥川賞作家・村田沙耶香が「当たり前」を揺さぶる短篇集

『生命式』を上梓した村田沙耶香さん(撮影/浅野剛)

【著者に聞け】村田沙耶香さん/『生命式』/河出書房新社/1650円

【本の内容】
 2009年以降、村田さんがこれまで様々な媒体で綴ってきた短篇を12編収録している。1編目の表題作「生命式」は、会社の会議室でご飯を食べる女性たちが、総務にいた中尾さんが亡くなったと話すシーンから始まる。〈今夜、式をやるからなるべく皆に来てほしいって〉とお通夜のことを話す彼女たちだが、ページをめくるや〈「中尾さん、美味しいかなあ」/「ちょっと固そうじゃない? 細いし、筋肉質だし」〉などの会話が──。ま、まさか!? 私たちが疑ってこなかった「当たり前」に、真っ向から挑んだ短編集。

 少子化が急激に進んだ、今から30年ほど先の日本。そこでは葬式のかわりに「生命式」という式が主流になっており、死んだ人の肉をおいしく料理して食べながら、男女が相手を探し、受精を行うことが奨励されている。

 表題作の「生命式」は、普通においしそうに「山本のカシューナッツ炒め」や「肉団子のみぞれ鍋」といった料理が描かれるので、何の嫌悪感もなく読み進められて逆に当惑してしまう。私たちが常識と考えてきたものの確かさが、静かに揺さぶられるのだ。

「誰かを驚かせようと思ったことはなくて、もっと素朴に、自分自身が発見したいんですよね。子供のときから『本当の本当』という言葉が好きで、みんなが『本当』だというその奥に、『本当の本当』があるんじゃないかと考え続けていました。初めて小説を書いたとき、小説が自分の手に負えないものになってどんどんその先に連れて行かれる感じがあったんですけど、今も書きながら知るというところがあります」

 セックスであったり、食事であったり、人間は何かを好み、逆に何かを嫌って忌避してきた。本能や倫理と呼んで線を引いてきたその境界がいかにあやふやなものかを、本書に収められた12の短篇はあぶり出す。

「私自身は、夜、全然車がいなくても信号が青になるのを待つような人間なんですが、平凡な感覚があるからこそ疑うことができるんだと思います。

 小説のテーマって深化するものだと思っていて、今回、本に収める短篇を読み直してみると、テーマが深化し、変化しながら、生き物みたいにずっと作品の底を泳いでいる感じがしました」

 芥川賞を受賞した「コンビニ人間」は、世界30か国で翻訳され、海外の読者に接したり、感想を聞いたりする機会も増えた。 

「コンビニがあるアジアの国と、日本のコンビニみたいなものがない欧米では、受け止め方も全然違いますね。

 韓国や台湾の人からは『わかる』って感想をもらいますし、アメリカではそれほど時給が高くないのに一生懸命働くのが『めちゃくちゃジャパニーズ!』と思う人もいるみたいです(笑い)」

■取材・構成/佐久間文子

※女性セブン2019年12月19日号

関連キーワード

関連記事

トピックス

同僚に薬物を持ったとして元琉球放送アナウンサーの大坪彩織被告が逮捕された(時事通信フォト/HPより(現在は削除済み)
同僚アナに薬を盛った沖縄の大坪彩織元アナ(24)の“執念深い犯行” 地元メディア関係者が「“ちむひじるぅ(冷たい)”なん じゃないか」と呟いたワケ《傷害罪で起訴》
NEWSポストセブン
電動キックボードの違反を取り締まる警察官(時事通信フォト)
《電動キックボード普及でルール違反が横行》都内の路線バス運転手が”加害者となる恐怖”を告白「渋滞をすり抜け、”バスに当て逃げ”なんて日常的に起きている」
NEWSポストセブン
入場するとすぐに大屋根リングが(時事通信フォト)
興味がない自分が「万博に行ってきた!」という話にどう反応するか
NEWSポストセブン
過去の大谷翔平のバッティングデータを分析(時事通信フォト)
《ホームランは出ているけど…》大谷翔平のバッティングデータから浮かび上がる不安要素 「打球速度の減速」は“長尺バット”の影響か
週刊ポスト
16日の早朝に処分保留で釈放された広末涼子
《逮捕に感謝の声も出る》広末涼子は看護師に“蹴り”などの暴力 いま医療現場で増えている「ペイハラ」の深刻実態「酒飲んで大暴れ」「治療費踏み倒し」も
NEWSポストセブン
初めて沖縄を訪問される愛子さま(2025年3月、神奈川・横浜市。撮影/JMPA)
【愛子さま、6月に初めての沖縄訪問】両陛下と宿泊を伴う公務での地方訪問は初 上皇ご夫妻が大事にされた“沖縄へ寄り添う姿勢”を令和に継承 
女性セブン
中村七之助の熱愛が発覚
《結婚願望ナシの中村七之助がゴールイン》ナンバーワン元芸妓との入籍を決断した背景に“実母の終活”
NEWSポストセブン
松永拓也さん、真菜さん、莉子ちゃん。家族3人が笑顔で過ごしていた日々は戻らない。
【七回忌インタビュー】池袋暴走事故遺族・松永拓也さん。「3人で住んでいた部屋を改装し一歩ずつ」事故から6年経った現在地
NEWSポストセブン
大阪・関西万博で天皇皇后両陛下を出迎えた女優の藤原紀香(2025年4月、大阪府・大阪市。撮影/JMPA)
《天皇皇后両陛下を出迎え》藤原紀香、万博での白ワイドパンツ&着物スタイルで見せた「梨園の妻」としての凜とした姿 
NEWSポストセブン
“極度の肥満”であるマイケル・タンジ死刑囚のが執行された(米フロリダ州矯正局HPより)
《肥満を理由に死刑執行停止を要求》「骨付き豚肉、ベーコン、アイス…」ついに執行されたマイケル・タンジ死刑囚の“最期の晩餐”と“今際のことば”【米国で進む執行】
NEWSポストセブン
何が彼女を変えてしまったのか(Getty Images)
【広末涼子の歯車を狂わせた“芸能界の欲”】心身ともに疲弊した早大進学騒動、本来の自分ではなかった優等生イメージ、26年連れ添った事務所との別れ…広末ひとりの問題だったのか
週刊ポスト
2023年1月に放送スタートした「ぽかぽか」(オフィシャルサイトより)
フジテレビ『ぽかぽか』人気アイドルの大阪万博ライブが「開催中止」 番組で毎日特集していたのに…“まさか”の事態に現場はショック
NEWSポストセブン