ライフ

小手鞠るいさんが語る「戦争と原爆」と「私の武器」 

来年2月4日には母と娘の物語『窓』も出版する小手鞠るいさん(撮影/小倉雄一郎)

『欲しいのは、あなただけ』『エンキョリレンアイ』など恋愛小説の名手として知られる小手鞠るいさん。1992年に渡米し、児童文学を含めて幅広い作品を発表してきた。近年は、『アップルソング』『星ちりばめたる旗』『炎の来歴』と戦争をテーマにした作品が続く。アメリカの高校生が討論会で原爆投下の是非を問う『ある晴れた夏の朝』で、このほど小学館児童出版文化賞を受賞。来年2月4日に刊行予定の『窓』では、報道ジャーナリストを志して戦地を巡る母親と、離れて暮らす娘の心の交流を描く。小学館児童出版文化賞の授賞式に合わせて帰国した小手鞠さんに、いま戦争を描くことの意義について話を聞いた。
  
『ある晴れた夏の朝』の主人公は日本人の母、アメリカ人の父を持つ高校1年生のメイ。夏休みに開かれる予定の原爆投下の是非をめぐる公開討論会への参加を誘われ、ためらいながらも否定派の一員に加わる。肯定と否定が4人ずつ、二手に別れて4回続けて討論し、聴衆の投票で勝敗を決める。原爆投下に関する歴史資料を丹念に調べ、自分と異なる意見を持つ相手の主張に耳を傾け、徹底的に議論をたたかわせることで、1人ではたどりつけない深さまで戦争というものを掘り下げていく。

「日本の中学・高校では、クラスメイトや友だちとのあいだで、互いの意見を活発にたたかわせる、という機会はそれほどないのではないでしょうか。特に反対意見を述べるのは、大人でもなかなか難しいような気がします。ところがアメリカでは事情はまったく逆で、自分の意見を言わない人や、反対意見を述べることを躊躇する人はほとんどいません。教室内で、授業中にディベートが取り入れられることも多く、あえて自分の本来の考えとは異なった立場に立って、議論を展開していくこともあります」

◆戦争は過去のものではなく現在も続いている

 肯定と否定で4人ずつ、計8人の参加者はアイルランド系、中国系、アフリカ系、ユダヤ系と、さまざまな背景を背負っている。メイは否定派だが、アメリカ生まれの日系人のケンは肯定派に。日中戦争や、今も続くユダヤとパレスチナの問題にまで、議論はふくらんでいく。

「アメリカでは、戦争は過去のできごとではなく、現在も続いているものです。本作はアメリカを舞台にしていますので、当然のことながら、戦争を現在のできごととして描いています。アメリカの高校生たちの討論の描写には、私自身の意見をダイレクトに反映させるのではなくて、さまざまなバックグラウンドを持った学生たちが『個人として、原爆投下をどうとらえ、考えているか』に焦点を当てて書きました。原爆に関する歴史的な背景や事実についても、被爆国である日本の側からだけではない見方や多面的な解釈の仕方を、日本の読者に提示していきたかったのです」

 近年、小手鞠さんが「戦争」を描くようになったのはどうしてだろう。

「大きなきっかけは、アメリカで戦争報道写真家として活躍した日本人女性の生涯を描いた『アップルソング』です。もともと、戦争文学や戦争映画が大好きだったこともあり、この作品を書き上げたあとには、太平洋戦争に翻弄される日系移民100年の歴史を綴った『星ちりばめたる旗』を上梓しました。そして、原爆を通して日本に興味を持ったアメリカ人平和活動家と、日本人男性の心の交流を描いた『炎の来歴』を書いているさいちゅうに、『ある晴れた夏の朝』の着想を得ました。日本が満州事変を起こした年に生まれた両親の体験談にも、大いに触発されました。4作を書き上げてみた今、『戦争』というものをフィクションとして書き続けていくことの重要性をあらためて痛感しています」

◆あの苦しい12年があったから今がある

小学館児童出版文化賞の授賞式でスピーチする小手鞠るいさん(撮影/黒石あみ)

 近刊の『窓』では、「窓香」という名前を持つ主人公の少女の母親は、ジャーナリストを志して、一家が転勤で日本に戻るとき、ひとりアメリカに残る選択をする。娘は母と引き裂かれて日本で育つが、母が亡くなったあとで彼女がつづったノートが届く。母親として、ひとりの人間としての思いを知るとともに、「戦争と子ども」というテーマに目が向いていく。小説というメディアもまた、ひとつの「窓」だと思わされる作品だ。

 小学館児童出版文化賞の授賞式にハイヒールでさっそうと登壇した小手鞠さんだが、受賞あいさつでは、「少女のころはコンプレックスのかたまりだった」と話した。ぶ厚いめがねをかけ、人の集まる場所が苦手で、いつも本の世界に逃げ込んでいたが、13歳のとき書いた詩を文芸部の顧問の先生に褒められたことがきっかけで、文章を書く人になりたいと願うようになった。それから50年たった。

 若くして詩の賞を受け、詩人としてデビューする。アメリカ人男性と結婚し、渡米した直後には海燕新人文学賞を受けて念願の作家になるが、じつはそれからが大変だったそうだ。

「海燕賞をいただいたときには、これで小説家になれたと勘違いしていました。新人賞を取っただけでは、小説家にはなれないのです。小説を書き続け、本を出し続け、なおかつ、出した本が売れて初めて、小説家になれるわけです。しかし、1冊売れただけではだめなんですね。厳しい世界だと思います。私も、いつ消えてしまっても不思議ではない状態でした。9年くらいかけて書き直して、自分で出版社に持ち込みをし続けた作品『欲しいのは、あなただけ』で島清恋愛文学賞をいただいたのは、新人賞から12年後。私は49歳。その年が本当の意味での小説家としての出発点だったと思っています。

 今回の賞はそれから14年後。『忘れた頃』にいただいたわけですが、それゆえにとても嬉しかったです。私には『書くことのほかに、できることがない』という弱みが、強い武器になりえるんだな、と、この頃しみじみそう思っています。なんでもできる万能な人間じゃなかったからこそ、小説家になれたのかもしれません。苦しかった12年間があったからこそ、今の私がいます。ずいぶん打たれ強くなったと思います。どんな原稿依頼でも、いただくと大喜びでお引き受けしています。どんなに忙しくても、いただいた仕事を断るという選択肢は、私にはありません」

【小手鞠るい】
こでまり・るい 1956年岡山県生まれ。1993年『おとぎ話』で海燕新人文学賞、2005年『欲しいのは、あなただけ』で島清恋愛文学賞、2009年原作を手掛けた絵本『ルウとリンデン 旅とおるすばん』でボローニャ国際児童図書賞、本作でこの度、小学館児童出版文化賞を受賞。来年2月4日には、一人の女性の生き方を見つめて描いた母と娘の物語『窓』が発売となる。児童文学の枠に収まりきらない、小手鞠さんの新境地の作品となっている。1992年に渡米しニューヨーク州ウッドストックに在住。

◆取材・構成/佐久間文子

小学館児童出版文化賞の授賞式に登壇した小手鞠るいさん、田中清代さん、おくはらゆめさん(左から 撮影/黒石あみ)

2月4日に発売となる新刊『窓』

関連キーワード

関連記事

トピックス

同僚に薬物を持ったとして元琉球放送アナウンサーの大坪彩織被告が逮捕された(時事通信フォト/HPより(現在は削除済み)
同僚アナに薬を盛った沖縄の大坪彩織元アナ(24)の“執念深い犯行” 地元メディア関係者が「“ちむひじるぅ(冷たい)”なん じゃないか」と呟いたワケ《傷害罪で起訴》
NEWSポストセブン
電動キックボードの違反を取り締まる警察官(時事通信フォト)
《電動キックボード普及でルール違反が横行》都内の路線バス運転手が”加害者となる恐怖”を告白「渋滞をすり抜け、”バスに当て逃げ”なんて日常的に起きている」
NEWSポストセブン
入場するとすぐに大屋根リングが(時事通信フォト)
興味がない自分が「万博に行ってきた!」という話にどう反応するか
NEWSポストセブン
過去の大谷翔平のバッティングデータを分析(時事通信フォト)
《ホームランは出ているけど…》大谷翔平のバッティングデータから浮かび上がる不安要素 「打球速度の減速」は“長尺バット”の影響か
週刊ポスト
16日の早朝に処分保留で釈放された広末涼子
《逮捕に感謝の声も出る》広末涼子は看護師に“蹴り”などの暴力 いま医療現場で増えている「ペイハラ」の深刻実態「酒飲んで大暴れ」「治療費踏み倒し」も
NEWSポストセブン
初めて沖縄を訪問される愛子さま(2025年3月、神奈川・横浜市。撮影/JMPA)
【愛子さま、6月に初めての沖縄訪問】両陛下と宿泊を伴う公務での地方訪問は初 上皇ご夫妻が大事にされた“沖縄へ寄り添う姿勢”を令和に継承 
女性セブン
中村七之助の熱愛が発覚
《結婚願望ナシの中村七之助がゴールイン》ナンバーワン元芸妓との入籍を決断した背景に“実母の終活”
NEWSポストセブン
松永拓也さん、真菜さん、莉子ちゃん。家族3人が笑顔で過ごしていた日々は戻らない。
【七回忌インタビュー】池袋暴走事故遺族・松永拓也さん。「3人で住んでいた部屋を改装し一歩ずつ」事故から6年経った現在地
NEWSポストセブン
大阪・関西万博で天皇皇后両陛下を出迎えた女優の藤原紀香(2025年4月、大阪府・大阪市。撮影/JMPA)
《天皇皇后両陛下を出迎え》藤原紀香、万博での白ワイドパンツ&着物スタイルで見せた「梨園の妻」としての凜とした姿 
NEWSポストセブン
“極度の肥満”であるマイケル・タンジ死刑囚のが執行された(米フロリダ州矯正局HPより)
《肥満を理由に死刑執行停止を要求》「骨付き豚肉、ベーコン、アイス…」ついに執行されたマイケル・タンジ死刑囚の“最期の晩餐”と“今際のことば”【米国で進む執行】
NEWSポストセブン
何が彼女を変えてしまったのか(Getty Images)
【広末涼子の歯車を狂わせた“芸能界の欲”】心身ともに疲弊した早大進学騒動、本来の自分ではなかった優等生イメージ、26年連れ添った事務所との別れ…広末ひとりの問題だったのか
週刊ポスト
2023年1月に放送スタートした「ぽかぽか」(オフィシャルサイトより)
フジテレビ『ぽかぽか』人気アイドルの大阪万博ライブが「開催中止」 番組で毎日特集していたのに…“まさか”の事態に現場はショック
NEWSポストセブン