謹賀新年。正月は酒を飲む機会も増える。家族や仲間と飲み交わす酒は楽しいが、飲みすぎると失敗したり、身体を壊したり、金欠になったりと、楽しいだけではないのが酒である。そして近年、若・中年を中心に酒離れが進み、飲酒をしない人も増えた。そろそろ私も、と考えている人も少なくないだろう。30年間、毎日酒を飲み続けてきた作家・町田康さんも、酒をやめた一人である。町田さんはなぜ酒をやめたのか。また、どのようにやめ、やめてどうなったか。『しらふで生きる 大酒のみの決断』(幻冬舎)が現在6刷りと話題を集める町田さんに話を聞いた。(【前・後編】でお届けします)
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◆飲んでも飲まなくても人生は楽しくないし、淋しい
──「名うての大酒飲み」として知られた町田さんが、お酒をやめて4年。もう、飲みたいと思うことはないですか?
町田:今はまったく飲みたい気持ちはないですね。2015年の12月26日に飲むのをやめて、その日から今に至るまで、一滴も飲んでないんです。と言うと、なんでやめたんですか、と聞かれる。まあ、聞かれますよね。殺人を犯した人は動機を聞かれるだろうし、小説を書いたら、なぜ書いたんですかと必ず聞かれるわけです。
で、出した答えが「気が狂っていたから」(笑)。酒を飲まないなんて、気が狂っているとしか思えなかった。でも、僕が酒をやめた理由を知っているはずの「狂気」は歩道橋から落ちて行方知れずになり、「狂気」の口から理由をもはや聞くことはできない……というわけで自分で考えるしかなく、書きながら自分に問いかけ、書きながら答えを出していきました。酒の話を書いているんですけど、人生とはどういうものか、幸福とはどういうことかという話に、自然となっていったような気がしますね。
──町田さんがお酒をやめられたのは、健康上の理由とか、経済的な理由といった、目に見えるような分かりやすい理由ではない、と綴られています。
町田:やめた原因を考えていくと、「なぜ人は酒を飲むのか」を考えることになったんですが、その一つが、楽しみたいからとか、幸福な気分になりたいからだなと。つまり、今日仕事で嫌なことがあったから、一杯飲んで忘れて眠ろうとか、そんなことです。あるいは良いことがあったから、酒を飲んでもっと良い気持ちになろうとか。
でもよく考えると、こうした考えの根底には、自己認識の高さや、幸福の相場感の高さがあることがわかります。自分は幸福になってしかるべき人間だ、という高い自己認識があるから、こうした発想になるわけです。しかしそもそも、人は楽しむ権利を与えられているのだろうか。人生は本来楽しいはずというのは幻想ではないか……、と考えていくと、酒を飲んでも飲まなくても、人生は楽しくないし、淋しいものなんですよね。