新年を迎え、一年の健康や願い事成就を祈念して神社やお寺に参詣する。初詣は古くから続く日本の良き伝統文化──と思いきや、実はそうではなかった。歴史作家の島崎晋氏が解説する。
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とある深夜番組を見ていたところ、花柳界に詳しい作家で、國學院大學客員教授でもある岩下尚史氏が、初詣について語る内容に興味を引かれた。曰く、正月三が日の初詣は明治中期の鉄道会社が集客のために発案した「創られた伝統」で、一年の穢れを落として新年を迎えるためには年末にこそ参拝すべき、というのである。
気になってネットで調べたところ、同様の主張が多数見られたが、よく見ると出典はどれも同じ。観光史と日本近代史を専門とする九州産業大学准教授・平山昇氏の著作『初詣の社会史 鉄道と娯楽が生んだナショナリズム』(東京大学出版会)か『鉄道が変えた社寺参詣』(交通新聞社新書)に拠っていた。
初詣が明治時代の“発明”なら、それ以前の日本人は正月をどのように過ごしていたのか。彼らにとって、神社や寺は現代よりずっと身近な存在だったはずだ。平山氏の著作に加え、さまざまな関連書籍をあたり調べると、「年籠もり」「二年参り」「恵方参り」などがキーワードとして浮かんできた。
「年籠もり」は一家の主人が氏神の社に籠もり、大晦日の夜を眠らずに過ごすことを言う。一年に一度、あの世からやってくる年神(としがみ)をきちんと迎えなければ失礼に当たるという俗信に由来するもので、地方により禁を破った者は白髪が増えるとか皺が増えると言われていた。