限られた放送枠のなかで長く続く番組には、視聴者を魅きつけてやまない理由があるはずだ。作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が分析した。
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英国のEC離脱に米大統領選挙、新型感染症。年が明けて世界は上へ下への大混乱が続く。こんな時代こそ、進むべき道を見据え静かに身を処せる冷静さが求められますが、落ち着きを身につけることはそう簡単なことではありません。
そんな世の浮き沈みを「どこ吹く風」と、落ち着き払って酒を飲み続ける70才のオジサンを映すシンプルな番組がウケている。2003年からBS-TBSでスタートし17年続く長寿番組『吉田類の酒場放浪記』(月曜日午後9時)です。
その内容はきわめてシンプルで、東京またはその周辺の酒場を紹介する紀行モノ。登場人物は「酒場詩人」の肩書を持つ吉田類さん。イラストレーターで執筆、俳句愛好会「舟」を主宰する俳人でもある。いつも黒っぽい服装で身を固めているその風貌は、スタイリッシュでも二枚目でもなく、垢抜け過ぎない感じがまた共感を呼ぶ。ちょっとなまりのある口調で「高知が生んだ偉大なる酔っぱらい」とも呼ばれている。
当初は地味に静かに始まったこの番組ですが、今や飛ぶ鳥を落とす勢い。制作費は超低予算らしいけれど、視聴率は堂々BS全体で常にトップクラスで、この番組を見て他のBS民放局でも同ジャンルの番組が制作されるようになったのだとか。
その人気を反映するように、通常の1時間番組のみならず、2010年からは年越し特番『年またぎ酒場放浪記』も始まり、以後毎年BS-TBSの定番となっています。さらに2019年12月のBS民放5局特番でも、笑福亭鶴瓶や徳光和夫らテレビ界の重鎮を横に吉田氏は媚びるでもなくへつらうでもなくただ淡々とマイペースで酒を飲んでいました。その落ち着きぶりは圧巻。
それにしても、『酒場放浪記』という番組のいったい何が、これほど時代に求められる魅力なのか──。
●語らない
吉田さんは饒舌ではない。酒場の店主に余計な質問もしないし、声も大きく張らない。若い頃から俳句になじみパリではアート修業をし世界放浪をしてきただけに、うんちくはいろいろあるはず。しかし、そこらへんのオジサンとひと味違うのは、ウルサく熱く語らないこと。いわば、受け相撲のようにして周囲の状況を受け入れ、他の客に溶け込んでいく。なかなかありそうでないスタイルです。