夏の東京五輪代表を巡る争いが熾烈を極めているのが、ニッポンの“お家芸”である柔道だ。元世界王者でも、代表の座は約束されたものではない。2月21日には代表争いに大きな意味を持つグランドスラム・デュッセルドルフ大会が開幕するが、2017年、2018年と世界選手権を連覇した男子66kg級の阿部一二三(22)もギリギリの戦いが続く。メダルを目指す選手たちの苦悩や葛藤を間近で見てきた関係者に話を聞くシリーズ「東京五輪へ──私が見たアスリートの素顔」。今回は、阿部の高校時代の恩師・信川厚氏(神港学園柔道部総監督)に聞いた。ノンフィクションライター・柳川悠二氏がレポートする。
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スポーツを追いかける物書きにとって、最も興奮する瞬間とは何か。
取材を続けて来たアスリートがオリンピックの大舞台で金メダルを獲った時か。いや、違う。団体スポーツが国際大会で劇的で感動的な「世界一」に輝いた時か。それも違う。きら星の如きまばゆい輝きを放つ新たな才能に出会った瞬間である。
当時、兵庫・神港学園高校の2年生だった柔道男子66kg級の阿部一二三(日本体育大4年)が、年齢制限のないシニアの大会にデビューした2014年の講道館杯は、その典型的なパターンで、衝撃度では近年一番だった。
無名の高校2年生が、試合の直前、ふてぶてしく口を大きく開け、「はじめ」の合図と共に年齢の離れた対戦相手に突進していく。背負い投げ、一本背負いに袖釣り込み腰。そうした大技で相手を豪快になぎ倒していく様は、「一二三」という実にマンガ的な名前も手伝って、大ブレイクを予感させた。その後の成長は、名前のような「いち、に、さん」という一歩ずつではなく、2段飛ばし、3段飛ばしで、世界のトップへの階段を上っていった。
来る東京五輪においては、国内の代表権さえ勝ち取ることができれば、金メダルが確実視される柔道家だ。妹の詩も女子52kg級で世界選手権を2連覇中で、東京五輪では兄妹同日Vも期待されている。
17歳で講道館杯を制した当時、指導していた神港学園総監督の信川厚は、阿部が小学5年生の時に出逢い、指導する高校の道場に阿部を小学生の段階から通わせた。
「とても身体が小さく、当時の体重は40kgぐらいでしたでしょうか。もちろん、高校生相手では勝ち目がないんですが、勝ち気に向かっていっていた。その頃から『一本で投げる柔道がしたい』と話していましたね。小学6年生の西日本大会で優勝できて、力がついてきたな、という印象を受けました」