これまでの役者人生を物語る思い出の品とは──。その問いに岸谷五朗(55)が差し出したのは1足のタップシューズ。
「駆け出しの頃、ニューヨークへタップの稽古に行き、特注でシューズを手作りしてくれる『ピノキオ』のゼペットじいさんみたいな職人がいることを知ったんです。タップ界のスター、グレゴリー・ハインズなど名人がこぞって愛用していて、音の鳴りが既製品とはまるで違うんですよ。僕もどうしても作りたかったけれど、そのお金があるならレッスンへ回さないといけないような苦しい状況で。“いつか作ってやるぞ”という夢が役者としての原動力になった。それから10年くらいしてその人を見たらもう随分年老いていて、“あぁ、今のままでは彼に作ってはもらえない”って」
その焦りを更なる原動力にし、その後、ようやく憧れの1足を手にした。
「自分もやっと作れたと喜びを噛みしめていたら、翌年に彼は亡くなっていました。この靴を見ると、“きちんと頑張れば、ひとつ夢が叶う”と希望と力が湧いてくる。もったいなくて履けずに、こうしてピカピカのままとってあります」
手に取るとずしっと重みを感じるその靴には、これまでの歩みと芝居への情熱が確かに宿っているように感じた。そんな岸谷が情熱を注ぎ続けるのが、1994年に寺脇康文と結成した演劇ユニット「地球ゴージャス」。25周年となる今回の公演には初めて「祝祭」と刻んだ。
「演劇は簡単には手の届かない産物でこれほど難しいものはない。やりたいことが溢れてくるので達成感には程遠く、まだまだ途上です。25周年も通過点の意識でしたが、この年月を演劇関係者が本当に祝ってくれて、“じゃあ、僕らがこの節目に力をもらって、ドーンと大きな挑戦をしようぜ!”って。東京公演ではシルク・ドゥ・ソレイユがこけら落としをした大きな会場、舞浜アンフィシアターに初挑戦。客席と距離もあり、普段の2.5倍くらい表現力も心も動かさないと見る人へ届かない、特殊な空間です」