今や人気職業のひとつといえる声優だが、年間志望者3万人に対し、実際にプロになれるのは200~300人と言われている。一方で、声優になりたい人たちのための専門学校や養成所などの養成ビジネスは堅調で、その伸長に最初に貢献したのはアニメやゲームの仕事に憧れた人が少なくない団塊ジュニアやポスト団塊ジュニア世代だった。彼らのなかには、中年になっても夢の途中でもやもやし続ける人も多い。鬱屈した彼らを含めて「しくじり世代」と名付けたのは、『ルポ 京アニを燃やした男』著者の日野百草氏。今回は、かつて取材で出会った専門学校の声優コース在籍のアラフォー男性についてレポートする。
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「日野さん、彼も声優志望なんですよ」
一瞬、少し含みのある笑みを漏らした声優コースの女性担当者が紹介してくれたのが石井久夫さん(当時39歳・仮名)だった。私は彼の年齢を聞いて驚いたが、女性担当者によるとこの専門学校は受講に年齢制限を設けておらず、アラフォーは珍しくない、ミドルやシニアを対象にしたコースもあるという。養成所の多くは年齢制限があることを考えると門戸が広い。ちなみに石井さんは明らかに彼女より年上だ。
これは数年前、とあるタイアップ企画で取材した某専門学校、声優コースで出会ったアラフォー声優志望の話である。なぜ今さら古い話を、と思われるかもしれないが、先日、私が何度か取材させていただいたことのある、アニメ『鉄腕アトム』のお茶の水博士で知られ、厳しい後進指導でも知られた伝説の勝田声優学院学長、声優の勝田久先生の訃報に接し、厳しい現実を入門者にも示してくれる貴重な先達がいなくなり始めていることに気づいた。石井さんと話したのは少し前のことだが、声優になりたい人をターゲットにしたビジネスは現在も続いているし、団塊ジュニアでいまから声優になりたい、という、その歳で正気かという夢見人がいるという恐ろしい現実もある。あらためて彼の話を届けよう。
石井さんは当時39歳だと言っていた。聞けば昔から声優にあこがれていたという。私はてっきり劇団員やエキストラを経ての遅い転身かと思ったが、これまで演技は未経験、学校演劇すらノータッチだったという。アラフォーは珍しくないと言われても私の業界感覚では理解し難い上に演技未経験。「声優界のスーザン・ボイルですね」と、50歳近くになってから素人オーディション番組出演をきっかけに世界的な歌手となった女性の名前を思わず口に出してしまったが、石井さんはきょとんとした様子で「誰?」だったので助かった。
「声優は歳とっても出来るし、男の声優は女と違って長く出来るでしょ。アニメをずっと観て来たから声優も好きだし詳しいよ」
この通り、初対面の席なのに終始タメ口なのは仕事なので我慢したが、どこかで聞きかじったのであろう言葉を並び立てる訳知り顔には違和感を覚えた。
「ここは通信もあってあまり通わなくていいし、自分のやりたいジャンルに集中できるから決めたんだ」