誰もが夢見るものの、なかなか現実にならない夢の馬券生活。調教助手を主人公にした作品もある気鋭の作家、「JRA重賞年鑑」にも毎年執筆する須藤靖貴氏が、取材申請して入った「無観客の競馬場」で感じたことをつづる。
* * *
風通しの良すぎる競馬場で、こう考えた。
智を働かそうとパドックに立つ。情に棹ささず流されぬよう。…などと漱石先生の名作冒頭にあやかってはみたものの、なんとも強烈な違和感の中にいる。
無観客レースである。日曜日の中山競馬場。取材申請して特別に入れてもらった。広い競馬場の空を独り占めするような心持ちである。
いつものように1Rからパドックを見たのだが、緊張感やワクワク感はまるでない。馬券を買えないからだ。
私はアナログ人間で、スマホさえ持っていない(ちゃんと理由がある。あれは文庫本の敵だ!)。だからネット投票などできず、競馬場やウインズが閉鎖されるとお手上げだった。意地を通せば窮屈なのである。
無観客レースとなった初日、2月29日の売り上げは前年比で80%を超えた。非常事態下としては驚異的だろう。野球や大相撲の無観客試合の経済的損失は知らないが、競馬の場合は紙の馬券がなくとも8割方機能する。競馬はウイルスに屈しないのである。
新型ウイルス、終息のメドは立たず。このままではしばらく馬券を買えそうもない。これを機に手を打つべきかとも考えた。令和の世はペーパーレスだ。関係者によると、無観客時の経費削減(人件費など)も無視できないという。
ちなみに、無観客レース初日、即PATの新規加入者は1万5000人近くにも及んだという。