【書評】『コラプション なぜ汚職は起こるのか』/レイ・フィスマン ミリアム・A・ゴールデン・著 山形浩生+守岡桜・訳/慶應義塾大学出版会/2700円+税
【評者】岩瀬達哉(ノンフィクション作家)
ハイチの元大統領は、現職時代、「150キロメートルにわたる鉄道」を投資会社に売り払い、多額の現金をスイスの個人口座に振り込ませた。引き換えにその鉄道のレールはすべて剥がされ、国外に持ち出され、ハイチの交通インフラは破壊された。
ザイールの「泥棒政治家」もまた、「公的資金を使い、パリまでコンコルドを飛ばして爆買いする」一方、国内経済は衰退するに任せた。これほど凄まじい汚職でないにしろ、先進国でも「公共事業契約と引き換えの賄賂とむすびついた」腐敗は無くならない。
ドイツのコール首相が、引退後、武器商人から「不適切な選挙献金」を受け取っていたと認めたように、政治家への「違法な政党資金が暴かれた例」はフランス、イタリア、ベルギーでも後を絶たない。
汚職や腐敗による悪影響は、「経済に波紋を広げて政治制度や市場機構にさまざまなレベルの歪みを引き起こす」。その代償は、汚職によって失われた公的財源や国有財産の損失以上に高くつく。
低開発国の場合は貧困のスパイラルが加速し、内戦や飢餓、そして大量の難民を生み出すものだからだ。先進国においても政治不信と社会秩序の混乱から、経済は少なからず停滞する。
だからこそ「世界銀行を中心とした国際機関」や、政治学者、社会学者たちは、汚職の原因解明と防止策に精力的に取り組んできた。本書は、それら「既存研究をもとに、汚職についての知見をまとめた総合解説書」である。
「汚職との戦い」において、とりわけ有力な方法として、「共有知識の重要性が鍵」になると説く。人が何を知っているかを認識でき、自分が知っていることを他の人も知っているとの思いが共有できれば、大衆的ムーブメントは生まれやすい。汚職まみれのムバラク政権を倒した民主化運動「アラブの春」は、共有知識が原動力になっていた。現実を積極的に知ろうとする姿勢こそが、汚職撲滅の第一歩となるのだが、日本においては果たしてどうか。
※週刊ポスト2020年3月27日号