【著者に訊け】中原一歩さん/『マグロの最高峰』/NHK出版新書/900円
【本の内容】
漁師が一本釣りする海の上から、競りが行われる豊洲市場、どんなマグロがあるかで店の格が決まるともいわれる鮨屋まで、人生をマグロに捧げてきたプロたちを取材した。「マグロに向き合っている人たちはひと癖もふた癖もあるので書きごたえがある」と中原さん。値段の決まり方、おすすめの店など、写真やイラストを交えてマグロの魅力を紹介。
日本人はなぜこんなにマグロが好きなのか?
「単にうまいだけじゃなくて、人をのめり込ませる物語性があるんですよ。大間に通ってそれがよくわかりました」(中原さん、以下「」内同)
高級マグロの代名詞となった「大間」。中原さんは青森県下北半島の大間で何回となくマグロ船に乗っている。津軽海峡の荒波はすさまじく、まさに命がけだ。
「極度の船酔いで嘔吐を繰り返し、バタッと甲板に倒れたとき、船底の板の下を何百、何千匹のマグロがゴウゴウと泳いでいく情景が目に浮かんだのです。その営みが太古の昔からいままで続いているのかと思うと身体が震えました」
揺れる船に乗り、明日どうなるかもわからない。大物がくれば1匹で100万円を超えるが、釣れなければ収入ゼロ。船の燃料代の赤字が積もるという勝負の世界だ。ストレスで円形脱毛症になる漁師もめずらしくないという。
「一匹狼で自分の腕で勝負する。スケールこそ違えど、漁師とノンフィクションライターを志した自分が重なった。ものすごい風の中、水平線に蜃気楼のように揺れる船を見ていると心打たれるんですよ。自分もがんばろうって。生き様に惹かれちゃったんですね」
中原さんは中学卒業後、福岡のとあるラーメン屋台で働いていた。
「下っ端なんで、スープの寸胴鍋を強い洗剤で洗うんです。体中にとんこつ臭がついちゃってモテなくてね。荒くれた人たちがケンカだなんだやってる世界でした」
常連客の新聞記者から原稿用紙2枚を渡され、初めて書いた原稿が夕刊にでかでかと掲載された。19才で東京に出て、雑誌の編集者のもとで鮨屋を取材する。「グルメライターになるな、ジャーナリストになれ」と言われた。
取材を続けていると鮨屋が厨房を見せてくれたり、目さえ合わせてくれなかった魚市場の人が口をきいてくれるようになったりする。
「ぼくは立ち入り禁止の向こう側が好き。普通は見えないところを取材したい。皿の上だけじゃなくて皿の向こう側も書きたいんです」
昨年の初競りでは「すしざんまい」の喜代村が一本に3億円をつけた。
「高すぎると批判もされるけど、マグロをよく知る人は気持ちがわかると言う。やっぱり一番をとりたいんです。最高峰のマグロをとってやるんだと。そう思わせる魚って他にないじゃないですか」
◆取材・構成/仲宇佐ゆり
※女性セブン2020年4月9日号