【書評】『藤森照信 建築が人にはたらきかけること』/藤森照信・著/平凡社/1600円+税
【書評】嵐山光三郎(作家)
怪人フジモリが設計する建築は、屋根に草を生やしたり、木を植えたり、普通の建築とは違った風体をしている。五十歳のとき、屋根にニラを生やすニラハウス(赤瀬川原平邸)で第29回日本芸術大賞を受賞して世間をアッといわせた。白いニラの花咲く縄文風家屋。
20世紀のいわゆるモダニズム建築になじめず、植物をどう取り入れるかが課題になった。ル・コルビジェは一度だけ屋上を緑化することに取り組んだが、失敗してやめてしまった。フジモリはカカンに挑戦して、ユニークな建築をつぎつぎに造ってきた。
五十七歳で長野県実家の畑に高過庵という茶室を建設、竣工して世界の度胆を抜いた。山から伐り出した二本の栗の木を土台の柱として固定し、地上6.4メートルの高さに庵を載せた。文字通り高過ぎる場所にある茶室で、長いはしごを登って、床に開けた穴の扉を押しあげて入る。利休翁が生きていたら、この庵でいかなる茶をたてるであろうか。
「世界のフジモリ」はもとは建築史家で、建築探偵をするうち、設計家となった。設計だけでなく工事に参加する。建築史家が建築を造り、「ガタガタするのは何ものぞ」といって、南方熊楠的体力勝負にいどんできた。
「部屋は一人の 住宅は家族の 建築は社会の記憶の器」という発想である。まず、山へ入って木を伐るところから始める。木を伐る行為は狩猟に近い。さらに製材するときの木の肌のニオイ。それらすべてがフジモリ建築の基本となっていく。
人気の最新作は、近江八幡の和洋菓子「ラ コリーナ」の施設である。草屋根、栗百本、中庭の水田をぐるりと囲む「草回廊」。屋根の全面はびっしりと高麗芝で仕上げられ、連日バスの団体客がやってくる。73歳になったフジモリは、長年放置していた自宅「タンポポハウス」の屋根に、土を入れなおして再生にとりかかっている。フジモリの発想と理念が、わかりやすい言葉で語られている。
※週刊ポスト2020年4月10日号