タロとジロだけではなく、もう1頭生きていた──。
映画『南極物語』にもなった兄弟犬タロとジロの奇跡は当時、驚きと感動の渦を世界中に巻き起こした。しかし、2頭と共に昭和基地で生き延びていた“第3の犬”がいたことは知られていない。歴史に封印されていた第3の犬の正体に迫るノンフィクション『その犬の名を誰も知らない』を上梓した嘉悦洋氏が、出版の経緯を語る。
「すべての始まりは2018年2月。私は当時、西日本新聞社編集局に在籍していました。偶然、第1次南極越冬隊に犬係として参加し、帰国1年後の第3次越冬隊でタロとジロと再会した唯一の隊員である科学者の北村泰一先生が福岡市内で暮らしていることを知り、会いに行ったのです」
北村氏がタロとジロと再会を果たした1959年から、60年目のことだった。
「タロとジロの秘話を聞きに行くと、先生が第3の犬について話し出し、驚きで言葉を失いました。ただ、遺体発見は2頭との再会から9年後、先生がその事実を知ったのはさらに14年後。謎の第3の犬の解明に挑んでいた先生は途中で病に倒れ、中断を余儀なくされましたが、正体を解き明かす検証を2人で再始動することになったのです」
掘り起こした数々の謎が60年の時を経て氷解していく。その過程は、傍証を固め、客観的な事実を一片一片積み重ねて謎を解き明かすミステリー小説を読んでいるかのようだ。タロとジロが生き残った最大の謎のカギを握り、数奇な運命をたどった第3の犬の物語は劇的なクライマックスに向かう。
◆取材・文/上田千春 写真提供/国立極地研究所
※週刊ポスト2020年4月10日号