【書評】『ザリガニの鳴くところ』/ディーリア・オーエンズ・著/友廣純・訳/早川書房/1900円+税
【評者】鴻巣友季子(翻訳家)
動物行動学者である著者六十九歳での小説デビュー作にして大ベストセラーだ。舞台はノースカロライナ州沿岸の湿地。複雑な海岸線に護られ、船があっけなく難破するこの地帯には、十六世紀から無法者や逃亡者らが住み着いてきた。
一九五六年、ここの掘っ立て小屋に、独り生き抜く十歳の少女「カイア」がいる。働かないDV夫を見限った母が家出、四人の姉兄も、ついには父までも蒸発してしまったのだ。カイアは四歳年上の村の若者の厚意で、読み書きも覚えるが……。
時は移って、一九六九年。カイアは美しい二十代の女性に成長している。ある日、湿地帯の沼地で、会社経営者の息子の死体が発見される。犯行を疑われるのは、彼が熱心にアプローチしていたカイアだった。物語は、二つの時間を行き来しながら、事件の起きた六九年に近づいていく。
素朴な暮らしを続ける先住民と入植者の接触を描く、“コンタクト・ノベル”──あたかもそんな風にも見えてしまう。しかしそこには、社会階層の皮肉なねじれがある。カイアの一家が住む湿地には、米国南部で「ホワイト・トラッシュ」や「クラッカー」と蔑称される最貧困層が暮らしてきた。しかしカイアの父ジェイクの生家は元々、綿花とタバコの農園主だったのだ。それが大恐慌で財産を失い、自分たちがタバコの葉を摘む労働者の側となった。