こういう時節柄、物語が果たす役割は小さくない。ドラマウォッチを続ける作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が朝ドラを分析した。
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NHK連続テレビ小説『エール』もスタートから1ヶ月近くが経過し、物語の骨子が見えてきました。今回のモデルは作曲家・古関裕而と妻・金子。昭和という激動の時代の中で、全国高等学校野球選手権大会の大会歌「栄冠は君に輝く」、阪神タイガース応援歌「六甲おろし」など、広く大衆の心に響く曲を生み出した作曲家と妻の人生が描かれていく。ちなみに男性が主演する朝ドラは6年前の『マッサン』以来です。
作曲家の主人公・古山裕一には窪田正孝、ヒロインで歌手になる夢を追い続ける関内音には二階堂ふみが抜擢されました。いずもインパクトのある人気役者だけに、いったいどんな夫婦像が出現するのか注目です。とはいえ、まだ二人は恋愛関係にまで到達せず、文通しつつ互いの距離を詰めている最中です。
これまでの放送で際立って見えてきたのは、「古山家」と「関内家」という二つの家の「対照」でしょう。
裕一の家・古山家は、福島の由緒ある老舗呉服屋。しかし経営危機に瀕し、父・三郎(唐沢寿明)はやむなく裕一を銀行経営の伯父・茂兵衛(風間杜夫)の養子に出す。茂兵衛は裕一を跡継ぎにするつもりで、裕一の音楽への興味や挑戦する気持ちを全く理解していない。
一方、音の暮らす関内家は馬具製造を手がけてきたが父が急逝し、母と三人姉妹で家業を盛り立てることに。女ばかり四人、明るく自由な雰囲気。特に愛情深くてのびやかな母・光子(薬師丸ひろ子)が、関内家全体を包み込んでいるようです。
まるでミューズのような薬師丸さんの存在感がすごい。父を失い不安に包まれている娘たちに向かって「お父さんはいる。目には見えないけれど、ずっとあなたたちのそばにいる」と力強く断言。あるいは、「歌手になりたい」と夢を語る音に向かって「夢をかなえる人は一握り」と厳しい現実を突きつけて、「あとの人たちは人生に折り合いつけて生きていくの」と冷酷なリアルを語る。そして「私の分も頑張ってね」と娘の背中を押す。「女の子だから~してはいけない」「どうせ女だから~仕方ない」と辛気臭いブレーキなんて一切踏まない。
「今は不幸みたいに思えるかもしれんけど、私はあんたたちのおかげで幸せ」とさらりと言う。平凡な母という「今」を肯定できる明るさに、視聴者は救われています。