マスクの有無はスーパーの棚だけの問題ではなく、国際問題にも発展している。拓殖大学海外事情研究所教授の富坂聰氏がレポートする。
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新型肺炎の感染拡大が止まらず多くの国がその対応に苦慮するなか、国際社会では不足する医療物資の支援をめぐって、様々な思惑が交錯し始めている。
いわゆる“マスク外交”と呼ばれる動きだが、なかにはかえって摩擦を引き起こしたり、警戒を呼ぶといったドタバタも起きている。支援とは反対の動きや思惑が見え過ぎて敬遠されることもあり、上手くやっているとはいいがたい状況も散見される。
4月1日には、マスクなどの医療物資を積んだロシアの軍用機がニューヨーク・ケネディ空港に降り立ち世界を驚かせた。冷戦期の激しい対立を思い起こせば信じられない光景である。
そのアメリカは、カナダや中南米向けに出していた3M製マスクの輸出禁止を要請し、マスクをあてにしていた国々を慌てさせた。それどころかドイツやフランスが注文したマスクを空港などで強奪したとの疑惑までかけられている。
一方の中国は、感染爆発が起こった直後のイタリアにマスクや医療スタッフを派遣し、その後はバルカン半島の国々への支援に力を入れたが、この動きに対しEUの分断をもたらしているとの批判が持ち上がり、効果は半減した。マクロン大統領やメルケル首相がにわかに中国に厳しい発言を始めたのは象徴的な変化だろう。
こうした動きはアジアでも顕著だ。中心になっているのは新型肺炎対策で名を挙げた台湾である。4月中旬には、マスクの援助をめぐり台湾のネット民がシンガポールのリーシェンロン首相夫人のホー・チン氏を攻撃するという問題が起きた。きっかけは台湾がシンガポールにマスクの支援を申し出たのに対して、夫人がSNSで「えっと……」と応じたことだった。
普通に考えれば、夫人の返信こそが失礼となる。だが、この反応には理由があった。というのも台湾は1月に新型肺炎の拡大が伝わると、間もなくマスクの輸出を止めてしまい、そのせいでシンガポールが危機に陥っていたからだ。結局、シンガポールは3月上旬になってやっと自国でマスクを生産する態勢を整えることができた。その直後に台湾が「マスクの支援」を申し出たのだ。「えっと……」となるのも自然だろう。
台湾ではこれを入り口に新型肺炎対策にもケチがつき始めた。例えばマスクの不足を防いだ対策も、輸出を止めてしまったことやもともとバイクで通勤する人が多く日ごろからマスクのストックを個々人が持っていた点などが指摘され始めたのだ。
また4月23日には台湾が30万枚のマスクを支援したベトナムが、その裏で逆にフランス、ドイツ、イタリア、スペイン、イギリスからカンボジアやラオスにまでマスクを支援していたことが明らかになった。台湾の外交環境が縮小している問題の突破口として打ち出された新政策「新南向計画」も入り口で躓いたかたちだ。