競馬好きの司会者・大橋巨泉の発案で生まれた『クイズダービー』(TBS系、1976~1992年、最高視聴率40.8%)からは、“キャラの立ったクイズ王”が数多く生まれた。
番組の一般参加者は5人いる解答者の中で「誰が正解するか」を予想して自分の持ち点を賭ける。
問題ごとに解答者に倍率が設定されるが、正解率の高い漫画家のはらたいらは倍率が低く、珍解答を繰り出す学習院大学の篠沢秀夫教授は倍率が高いことが多かった。
「第1問ではらさんに持ち点すべて(3000点)を賭けようとするゲストがいたり、倍率が2倍になる最終問題で『篠沢さんに全部!』と持ち点をつぎ込み、逆転を狙おうとする参加者がいたり、その駆け引きが面白かった。“この問題でその人に賭けちゃダメだよ~”なんてツッコミを入れながら、家族みんなで見てました」(54・会社員)
はらたいらのほか、正解率が高かったのが、東京女子大学在学中だった女優の竹下景子だ。「3択問題」に滅法強く、“3択の女王”と呼ばれた。
いまでは数々のクイズ番組の常連となった宮崎美子が“クイズの女王”となったきっかけも1981年からレギュラー解答者になった『クイズダービー』だ。宮崎が振り返る。