不必要な校則や指導をなくし、子どもが本来生まれ持つ“よりよく生きる力”を伸ばそうと考えた東京都世田谷区立桜丘中学校の前校長、西郷孝彦さん(65才)。その取り組みは、全国で知られるまでになり、著書『「過干渉」をやめたら子どもは伸びる』(共著・尾木直樹、吉原毅)、『校則なくした中学校 たったひとつの校長ルール』も好評だ。NHK総合のドキュメンタリー番組『【ストーリーズ】ノーナレ』(5月11日月曜22時45分~)では、中学校長として過ごした最後の9か月に密着した様子が「校長は反逆児」とのタイトルで取り上げられる予定だ。
そんな西郷さんは今年3月に任期満了により桜丘中学校を退職。その後の活動予定については、語ってこなかった。
「在職中に辞めた後の身の振り方を考えるのは、目の前にいる子どもたちに失礼だと思ったのです。とにかく、最後まで生徒のために走り切ろうとだけ考えていました」(西郷さん)
4月から別の学校で校長として迎えたいという申し出もあった。しかし、「いまは考えられない」と、西郷さんは首を縦に振らなかった。
西郷さんが10年かけて学校改革を行う間、実は、計り知れないほどの反発に遭っていた。それは主に外部からで、「校則を廃止して、社会規範の守れない子どもにする気か」「どうせスタンドプレーだ」「あの学校の生徒は、本当はひどいらしい」などと中傷する声もあった。まるで反逆児扱いだ。
ある生徒が話す。
「桜丘中で何か新しいことをしようとすると、たびたびクレームがきて、計画が潰されそうになったこと、そして西郷校長がいつも矢面に立ってくれていたことを、実はぼくたちも知っていました。校長は一切、何も言いませんでしたが、誰かがどこかで聞いてきて、生徒同士で情報を共有していたんです。
ほかの先生がたも、とても親身に力になってくれていましたが、本当に困ったときは、校長が力を貸してくれる。そうなる前に解決できるよう、なんとかがんばりましたが、常に校長が見守ってくれているという絶対的安心感がありました」
扉がいつも開けっ放しだった桜丘中の校長室とその前の廊下に置かれた椅子やハンモックは、元不登校や教室に入るのがためらわれる子どもたちの大切な居場所となっていた。西郷さんに話を聞いてもらいにくる子もいれば、家庭のゴタゴタから逃れ、ホッとするためにそこにやってくる子もいた。
新型コロナウイルス感染防止のため休校が続き、逃げ場のなくなった子どもたちのケアをどうしたらいいのか、いまも西郷さんは眠れない日が続くという。
在職中、教員から生徒や保護者にメールやSNSで連絡を取ることは禁止されていたそうだが、ただのおじさんとなったいま、気がかりな子どもたちに「元気か?」「あの音楽アプリ、おすすめだよ」と何気ないメッセージを送り、関係を保ちながら様子を推し量っている。
「日本中の子どもたちの居場所を作りたくて、ネット上に“バーチャル校長室”を作ろうと考えているんです」(西郷さん)
西郷さんが“みんなの校長先生”になる日を、多くの子どもが待ち望んでいる。
撮影/浅野剛
※女性セブン2020年5月21・28日号