今年のプロ野球オールスターゲームは中止になったが、球宴が今も昔も心を揺さぶるのは、プロの凄みが凝縮されるようなシーンがしばしば生まれてきたからだ。その中でも「史上最高」と語り継がれるのが、1971年、江夏豊(阪神)による9者連続奪三振。芥川賞作家で熱狂的阪神ファンとして知られる高橋三千綱氏は、あの試合の衝撃を「はっきりと覚えている」という。
「オールスターのシーズンが近づくと、どんな選手が選ばれるかワクワクして。そのなかでも、江夏豊(阪神)の9者連続奪三振は、誰が相手だったかまではっきり覚えています。江夏は“打てるものなら打ってみろ”とばかりにストレートを投げ込み、パ・リーグのバッターもミートに徹すれば不名誉な記録は避けられるのに、フルスイングで向かっていったのは立派でした。
9人目となった加藤(秀司・阪急)がファウルフライを打ち上げたとき、江夏は田淵(幸一・阪神)に『追うな!』と声をかけてたけど、こっちもテレビを見ながら“ファウルになれ”と叫んでいました」
江夏の記録は、文字通りの“オールスター”の顔ぶれの中で生まれたからこそ、価値がある。3番・王貞治、4番・長嶋茂雄のONの脇を田淵、ロバーツ(ヤクルト)らスラッガーが固めた。対するパも、江藤慎一(ロッテ)、土井正博(近鉄)、張本勲(東映)、野村克也(南海)、長池徳二(阪急)の超重量級打線だった。投手陣も圧巻の顔触れだ。セが江夏、堀内恒夫(巨人)、平松政次(大洋)、パは米田哲也(阪急)、村田兆治(ロッテ)、山田久志(阪急)……。
交流戦がなかった当時、日本シリーズ以外に、セ・パの代表選手が真剣勝負するのは、この機会しかない。WBCのように日本代表として組む機会もなかったため、ライバル球団の選手が同じベンチで談笑する姿すら貴重だった。いまやお祭りムードの印象が強いオールスターだが、当時は違う。市立和歌山商から阪神に入団して6年目の藤田平は、4回目の出場ながらピリピリした空気を感じていた。
「セの監督は、あの年巨人をV7に導いた川上哲治さんですし、緊張感がありました。直接話なんてできませんよ。子供の頃からの憧れだった長嶋さんと三遊間を組んで、ショートゴロを捕れば一塁の王さんに送球する。それは感激でした」