コロナによる撮影延期で、多くが放送スケジュールの大幅な修正を余儀なくされている今季のドラマだが、放映が続いている作品もある。ドラマウォッチを続ける作家で五感生活研究所の山下柚実氏が分析した。
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画面を眺めてニヤニヤしたり、息をのんだり、うなずいたり、ほっこりしたり。純文学のように心をくすぐり、詩のように透明感があって、フォークソングのように愛らしく、上質なコメディのように笑いが出る……こんなドラマ、なかなか見たことがない。とはいえ極力お金はかけてなさそう。一話完結型、登場人物はたいてい3~4人。セリフ中心でロケも少なく、衣装もセットも凡庸。
でも、一話一話が輝いている。物語の力に浄化される。テレビ東京の深夜枠で放送中の『捨ててよ、安達さん。』(金曜24:52)です。芸歴36年目、“自身役”で主演を務める安達祐実のリアル&フィクションストーリーというこのドラマ。
物語は……安達さんが女性誌の編集長から「毎号一つ私物を捨てる」という連載企画を持ちかけられるところから始まる。象徴的なのが第1話のエピソード。「同情するなら金をくれ」というあの安達さんの代表作がダビングされた、完パケDVDが俎上にのせられるのです。あれ、この話題ふってもいいのかな? タブーでは? と視聴者もちょっと慌ててしまう。
「同情するなら~」は社会現象になったセリフ。26年前のドラマ『家なき子』は最高視聴率37.2%を記録、安達さんにとって世間に名を知らしめた大作です。であると同時に、もしかしたら触れられたくない暗黒史かもしれません。安達さんと聞けば「同情するなら~」のセリフが耳の奥で響いてしまうほどにインパクトは巨大。本人を縛るやっかいな過去。今でも「地上波での再放送は一度もない」のだとか。
「『不幸な境遇の安達がけなげに生きる姿が共感を呼びましたが、いまの時代では、安達へのいじめ描写が貧困家庭への差別を助長しかねないとして、再放送には慎重になっている』(日テレ関係者)」(「NEWSポストセブン」2020/5/11)。
さてドラマの中では、安達さんに見られないまま本棚に放置されていたそのDVDが、ある時突然分身の女(貫地谷しほり)として現れ、安達さんに迫る。「同情するなら見ておくれ、見ないなら捨てろ」と。捨てるのかどうか、まさしくドラマチックな決断です。視聴者は固唾を飲んで見守ることに。もうシビれます、この展開。
炸裂しているのが「当て書き」の力でしょう。「当て書き」とは特定の役者にむけ当てて書かれたセリフのこと。かつて江戸の歌舞伎では、戯作者が人気歌舞伎役者の個性を最大限に生かすためにその手法を使っては大人気を博しました。
しかし、現代においてはあまり多用されない。極端に再現性が少ないからかもしれません。舞台の戯曲は他の役者によって繰り返し上演されますが、当て書きだとそれができず効率性が悪いからなのか。このドラマは、当て書き手法を駆使して「安達さん」の個性的な歴史を掘り起こし安達さんならではのオンリーワン劇場を作り出していきます。