コロナ騒動により、さまざまな伝統芸能の公演も自粛を迫られた。当然、講談師である神田伯山もその影響を受けた。そうした状況下での奮闘を、ノンフィクションライターの中村計氏がレポートする。
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複雑な心境だった。
「本音の本音を言うと、お客様のことがずっと心配でしたね」
そう吐露するのは講談師の神田伯山(37)だ。2月11日、神田松之丞改め六代目神田伯山にとって人生最大のイベント「真打昇進襲名披露興行」がスタート。ところが、人類史上、未曽有といっていいウイルス禍と重なった。都内4か所で計39日間行われる予定だったが、3月10日、29日目で打ち切りとなった。
「興行を続行するか否かは、自分では決められない。誰かが感染したらどうしようと綱渡りの気分でしたね」
そんな中、定席と呼ばれる都内の寄席は営業を続けていた。寄席は東日本大震災においても数日しか休まなかった。「来て下さるお客様が1人でもいる限り開ける」というのが信条だ。幸い寄席では、誰も感染しなかった。緊急事態宣言を受け、4月上旬、ついに休演を決めた。同時に芸人たちは居場所を失った。伯山は言う。
「それまでは一日3、4席やっていたのに、毎日、何もやらなくなった。あっという間に講談師の日常が失われました」