【書評】『五・一五事件 海軍青年将校たちの「昭和維新」』/小山俊樹・著/中公新書/900円+税
【評者】平山周吉(雑文家)
尖鋭な問題意識と繊細な知性が、昭和史の謎を徹底的に追いつめていく名著である。
犬養毅首相が官邸で海軍の将校たちに暗殺され、政党政治に終止符が打たれた「五・一五事件」を多角的に、冷静に、リアルな息遣いで記述し、分析していく。実行者たちも、犬養家の遺族も、揺れ動く元老や重臣や政治家たちも、誰もが生きて苦悩する姿が臨場感を持って描かれている。コンパクトな概説書でありながら、第一級の歴史書であり、人間観察の柔軟さには第一級の文学作品の味わいもある。
「文学」として面白いといっても、中途半端な想像力は一切排されている。確実な史実に基づいて記述し、史料の「余白」部分は慎重な推理を提示しながら埋められていく。襲撃当日をドキュメンタリータッチで描く導入部はそのまま映像化できるほどだが、そこにもいくつもの疑問が埋め込まれている。「話せばわかる」とは一体なんのことか。「問答無用」なのか、「問答無益」なのか。
事件前に上海で戦死した首謀者・藤井斉、戦後まで影響力を残す三上卓(あの「昭和維新の歌」の作者でもある)といった海軍将校たちの内面に入り込む前半部はそれだけでも収穫だが、本書の本領はむしろ後半部にある。