人が思考を停止させるのはどんなときなのか。想像を超えた困難に見舞われたときには、物事への理解を深めようという姿勢よりも、そのときの気持ちが休まる安易な「解答」を選択してしまうものなのかもしれない。ライターの森鷹久氏が、新型コロナウイルスの感染拡大によって、陰謀論にすがってしまう人たちと、振り回される周囲の困惑についてレポートする。
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新型コロナウイルスをめぐっては、様々な陰謀論が日本中、世界中をかけめぐっている。「中国による生物兵器」「2015年には新型コロナウイルスに関する特許が取得されていた」「実はコロナはロシアの仕掛けた細菌戦争」など、いくらでも例がみつかる。新型コロナウイルスに晒された今のような不安定な雰囲気が満ちた世の中だと、似たような無理のある主張が増えてくるらしい。
「フェイスブックに『コロナの正体がわかった』などと書き込み始め、最初はどうしたのかと思っていましたが…」
こう話すのは、都内の会社員・澤田洋一さん(仮名・40代)。イベント運営会社勤務の知人(50代)が、コロナ禍の4月以降、人が変わってしまったようになったという。
「コロナの正体は、外国の富裕層が作り出した人口抑制装置だ、などという書き込みを連日行うようになり、最初は心優しい知人が『そういう考え方もあるよね』などと書きつつ、諫めていました。ところが、彼の書き込みにだんだん攻撃性が出てきたんです。このことに気がつかないのはおかしい、情報弱者だ、などと人をなじるようになりました」(澤田さん)
後にわかったことではあるがこの知人、コロナ禍で仕事がほぼゼロになり、およそ二ヶ月間に及ぶ自宅待機期間中に、今まではほとんど見ることもなかったネット上の「まとめサイト」にどハマりしたという。関東の国立大学卒、もともと勉強も苦手な方ではないらしいが、自分がこう、と思ったら周りが見えなくなり突っ走る性格。今回も、ただ自分が興味のあること、好きなこと、こうあってほしいという願望に沿ったものばかりを読み漁ったらしい知人。そして偏った情報選択、学習を行ってしまったようであった。
「自宅では、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ、アップルコンピューター創業者のスティーブ・ジョブスなど、海外の富裕層と言われる人々の著書、関連書籍を妻や子供に読むよう強要し、彼らがいかにして市民を殺そうとしているのか、富裕層の仲間に当てたメッセージを読み解けなどと騒いでいたようです。結果、リアルにコロナ離婚寸前で、すでに奧さんと子供は自宅を出ていったとか。ただ、彼の書き込みは今も続いていて、最近では、まとめサイトを作って収益を上げようとすらしています」(澤田さん)
沢田さんの知人は、起きている事態が自分の理解を超えたことを受け入れられず、現実と考えるにはあまりに滑稽なものに、その解を見出そうとしてしまっている。新型コロナウイルスというものを未知の怪物のようにとらえ、敵は巨大で恐ろしいのだと叫び続けることで、現実逃避に走っているのかもしれない。周囲の人にとってみれば、この知人の叫びはネットを介してしか聞こえてこないものだが、買い物は全てネット通販でほとんど外にも出ない彼は、家の中では四六時中、恐怖の元となっていると信じているものについて叫んでいたはずだ。陰謀論を信じろと言われ続ける家族にとってみれば、巨大な敵は知人そのものであったに違いない。