認知症の母(85才)を支える立場である『女性セブン』のN記者(56才)が、介護の日々の裏側を綴る。今回は、高齢者の“体力”に関するエピソードだ。
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要介護認定以来、週に3回、リハビリ系デイサービスなどに通う母。その甲斐あって健脚が自慢で、昨年は伊香保温泉名物の365段の石段に意気揚々と挑戦。80代の体力の限界ギリギリだったが、見事完歩し、頂上では子供のように笑った。
予測できない老親の体力の限界
新型コロナ流行など想像もしていなかった昨年までは、よく母を連れて小さな旅行をした。電車でも車でも、東京から小一時間も乗れば風景は一変する。普段は同じ話ばかり繰り返す母の表情も車窓からの光景に一変、新しい話を軽妙にしゃべり出すのだ。
昨年の春は群馬県の伊香保温泉に行った。伊香保神社に続く長い石段と、その両脇に温泉饅頭の店などが軒を連ねる景観はとても有名。賑わう観光客に交じって歩くだけでもと思ったのだが、なんと母は、みんなが目指す石段の頂上へ自分も行くと言い出した。
先を歩く夫と娘がはしゃぎながら上り始めたのにつられて言っているのだろうが、石段は365段。手すりはあるが見上げても先は見えない。駅の階段以上の難易度であることは確かだ。運動不足の私自身、登頂できるか不安だった。
「頂上まで上るのは大変だから、お店を覗きながらここで2人を待たない?」と水を向けると、母はぎゅっとにらんで「なんでよ!? せっかく来たのに。私、上れるもの!」ときっぱり。
確かに母は年のわりに健脚だ。70才を過ぎた頃から“子供の世話にはならない”と散歩を励行し、78才で要介護認定を受けると、運動機能維持のリハビリ系デイサービスを自ら選んだ。以来、週3回同じ内容を継続しているから、私よりはよほど鍛えている。
とはいえ80代も半ば。365段はあまりに無謀ではないか? しかし同時に、この年齢で、家族で楽しくここまで来たのだ。天に続くような長い階段を前に、やる気が満ちあふれ出ている母を、いったい誰が止められるだろうか。
老親連れの旅の無計画を悔やみながら、観光客に押され、一歩二歩と石段を上り始めた。