香港に隣接する広東省深セン市に中国で初めての経済特別区が創設されてから今年8月26日で40周年。同市では盛大な記念式典が行われたが、1978年末にほとんど鎖国状態だった中国で改革・開放路線の導入を決め、深センなどに経済特区建設を決めた最高実力者、トウ小平氏の唯一の孫であるトウ卓棣氏も40周年の慶祝行事に出席するとの情報もあったが、結局姿を見せなかった。
卓棣氏の現在の肩書きは北京ブリッジ協会理事だけで、ほとんど公の場に姿を見せず私生活がなぞに包まれていることから、米国でビジネス活動を続けているなどの憶測が流れている。香港紙『星島日報』が報じた。
深センはもともとは小さい漁村だったが、40年を経たいま、超高層ビルが立ち並び、中国を代表するIT企業などが本社を置く中国有数のビジネス街に変貌。40年前の同市の年間の1人当たりGDPは約600元(いまのレートで約9000円)だったが、いまや20万元(約300万円)にまで上昇した。
深センの経済発展の基礎を作ったのがトウ小平氏であり、40周年記念式典にはトウ氏直系の唯一の3代目であるトウ卓棣氏が登場するのではと星島日報などが報じていた。
しかし、姿を見せなかったことから、中国のインターネット・ニュース大手の新浪網など中国メディア「トウ小平ゆかりの人物はどこに?」などと伝えるなど、ネットユーザーの間では失望感が広がっていた。