80才で20本以上自分の歯を保とうという『8020運動』が始まったのは平成元年。“生涯自分の歯で食べることを楽しむため”といわれるが、自分の口から食べられることが、生きる上で本当に重要であることに気づくのは高齢になってからかもしれない。
高齢者の歯の状態の良し悪しは、歯磨きの成果だけではないという。歯を失ったとしても、その後もしっかり食べ続けるために、家族も知っておくべき選択肢と口腔ケアについて、ふれあい歯科ごとう代表の五島朋幸さんに聞いた。
歯磨きでは守りきれない高齢者の口腔環境
よく噛んで食べることは、単に栄養分やおいしい幸福感を得るだけでなく、脳や消化器官など全身の機能の働きに寄与し、健康な体の維持につながっている。だからこそいま、いつまでもしっかり食べられるよう、歯磨きや口腔ケアの重要性が叫ばれているのだ。
それでも年を重ねると、歯が失われることは少なくない。「歯を失う主な原因として歯周病が知られていますが、75才くらいの高齢になってから歯を失うのは糖尿病や高血圧症などの基礎疾患、体の原因と考えた方がよいでしょう」と五島さんは言う。
糖尿病の症状として、また血圧を下げる薬の副作用でも唾液が減って口の中が乾く。唾液は粘膜を保護し、自浄・抗菌・消化機能なども担っているので、減ると口腔内の環境は悪くなり、歯周病菌も増えやすくなる。また歯周病が糖尿病の悪化に影響しているともいわれる。
「口の中を清潔にする歯磨きはもちろん重要です。しかし口腔環境や歯には、もともとの体質に加えて、血糖値や血圧を上げるような生活習慣、喫煙、不規則な生活など、さまざまなマイナス要素がダメージを与えます。若くて体力のあるうちは表面化しませんが、中高年になると一気に崩れ始めるわけです。歯周病予防は、若い頃からこれらすべてに対策すべきもので、歯磨きだけでは到底、間に合わないのです」
さらに高齢になると、歯磨きも疎かになりがちだという。
「歯磨きは、手指の複雑な動作が必要です。歯ブラシを指先でつまんで返す動作ができないと、口の中をまんべんなく磨けません。これが意外に筋力を使うので、高齢になると難しい。歯ブラシの柄を握って一方向にしか動かせないので、長い時間丁寧に磨いているように見えて、片側の一部しかきれいになっていないということもよくあります。歯磨きで防げること、老親の磨く力にも限界があることを、家族は知っておいた方がよいでしょう」
【教えてくれたのは……】
ふれあい歯科ごとう代表・五島朋幸さん
日本歯科大学歯学部卒。歯科医師。1997年から訪問歯科診療に取り組み始め、2003年ふれあい歯科ごとう開業。“最期まで口から食べられる”をテーマに新宿食支援研究会、株式会社Win Winを創設し、YouTubeやSNSも駆使し講演活動にも精力的。
※女性セブン2020年9月24日・10月1日号