地下鉄の森下駅から徒歩で5分ほど南に向かう。江東区常盤、江戸・深川の風が吹くこの地で店を構え、130年もの歴史を誇る老舗酒屋『田口屋』は、“切妻”と呼ばれる山形屋根の風格ある佇まいだ。
軒先には杉玉と行儀よく並んだ赤い提灯がぶらさがり、客を迎えてくれる。
「春は桜、夏はお祭りの神輿を愛でながら、一杯やれるここは私の特等席さ」(30代、食品メーカー)、「ここで飲んでいるとね、通りを行き交う人たちが“いいなぁ”って顔で見ていくんですよ。かつて私もこの通りを営業車で通ったときに、この店構えに惚れこんだ。今では週3で通っています」(40代、食品メーカー)と軒先に集うご機嫌な客たちの姿が楽しげだ。
整然と酒の並ぶ落ち着いた店内には、代々伝わる法被(はっぴ)が飾られ、凜とした空気が流れる。入口を入ってすぐ左に小さな丸い角打ち台が設えてあり、そこで寛ぐ客も。
「夕暮れ時、赤く灯った提灯に誘われて、初めて訪れてから3年、今ではすっかり常連になりました。近所の常磐湯という昔ながらの銭湯でひと風呂浴びてから、ここで一献傾けるのがゴールデンコースなんですよ」(40代、金融業)
田口屋をはじめ老舗の商店、居酒屋などが建ち並ぶ江東区常盤の界隈は、その昔は“深川常磐町”という地名で、東京の東に位置する江戸情緒溢れる地域。松尾芭蕉ゆかりの地としても知られ、「川上と この川しもや 月の夜」と俳句にも詠まれたように、近くを流れる小名木川(おなぎがわ)から涼やかな風が吹く。
深川の地を初めて開いた深川八郎右衛門が創建した神社深川新明宮では、その境内に戦禍を免れた神輿蔵が残っている。
「新明宮の夏祭りには、店の前を12台の神輿が通るんですよ。軒先からお客さんたちと神輿を見るのが恒例です」
と語るのは、4代目店主の飛田(ひだ)良則さん(67歳)だ。お祭りなど“ここぞ”という日には法被を纏って接客するのだという。