2020年7月、東京都と仙台市の医師2人が嘱託殺人罪で逮捕された。彼らに問われたのは、2019年11月、京都市に住む筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性から依頼され、薬物を投与して殺害した嘱託殺人罪。女性には別に主治医がいたが、逮捕された2医師は主治医らとはまったく繋がりのない人たちだった。諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師が、もし自分が亡くなった彼女の主治医だったら、と考えてみた。
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森鴎外の『高瀬舟』は、安楽死をテーマにした作品といわれている。自死を図った弟を殺めて罪に問われた男を、護送する同心の視線で描いている。医師でもある鴎外は、なぜこの物語を書いたのだろうか。
鴎外は、1898年に安楽死についてのドイツの論文を翻訳している。病人の苦痛を救うために死を早める権利が医療にあるかどうか。その問いに、応ずるは殺すことと同じと考え、積極的安楽死を否定している。
親としてのつらい体験もあった。幼い子2人が百日咳にかかり、次男を亡くした。長女も瀕死の状態になったとき、主治医がモルヒネ注射による安楽死をすすめた。鴎外は悩んだ末、それに応じるが、見舞いに来た義父に止められた。その長女が、後に作家となる森茉莉である。
『高瀬舟』では最後、弟の苦痛を除こうとした兄の行ないを罪と呼ぶのかどうか疑問をもちつつ、「お奉行様に聞いて見たくてならなかった」としている。ここには、近代的自我の存在はなく、判断はお上に委ねられたままである。
現代のぼくたちには物足りないが、いったんはあきらめた子どもの命や、軍医としてかかわった兵士の命に対する鴎外自身の苦悩が書かせたのだと思うと、胸に迫るものがある。
京都の筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性(当時51歳)の依頼を受けた2人の医師が、嘱託殺人の罪で起訴された。
日本では、積極的安楽死は認められていない。東海大学安楽死事件で横浜地裁が示した安楽死の4要件は、【1】患者が耐え難い激しい肉体的苦痛に苦しんでいる、【2】患者の病気は回復の見込みがなく死期が迫っている、【3】患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くしたが、ほかに代替手段がない、【4】患者が生命短縮を承諾する意思を示している──である。この事件では、【4】しか当てはまらない。